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普通は自分で作るものだ







約2年前の話。
2018年の7月。

「河上さん、僕、Rios of Mercedesを作ったんですよ。本物のウェスタンブーツです。
今日、ちょうど届いたんです。明後日からのイベントで売り場に並べたいので今日出しで送っていいですか?」

cantateデザイナー:松島さんは押しが強い。
いや、押しが強いどころではない、言葉と空気の壁が迫ってくる感じ。
一応フォローをしておくと、松島さんは「自分が本当に良いと思うもの」に対してのみ、強く推してくる。
「買っておいた方がいいですよ〜。」という彼の優しさから出る押しの強さである。


翌日の晩、僕は当時働いていた職場の店頭にRios of Mercedesを並べることになった。
「確かにかっこいい、だけど自分が履くかどうかはわからない靴だなあ。」と言うのが当時の僕のこの靴への素直な感想だった。

Rios of Mercedesは、僕にとっての「普通」には当初成り得なかったのである。




イベント初日。
朝からお店のイベントそっちのけでRios of Mercedesについて僕に語る松島さん。
よっぽど自分が企画したRios of Mercedesの上がりが良くて嬉しかったのだろう。
なんの話をしていても、最後にはRios of Mercedesの話に繋げてくる。

僕は、イベントを目当てにお店に遊びに来てくれたお客さんの相手をしたい。
誰に何を紹介しようか/どういう話をしようか、頭の中で組み立てながら「かっこいいですね〜。へえ〜、そうなんですね!」と、彼の話を片耳で聞いて流しながら接客をしていた。

そんなこんなで結局初日は終日バタバタして、僕はその日、Rios of Mercedesに触れることは無かった。

イベントの期間は3日間。
明日も、明後日も松島さんは店頭に立つため(Rios of Mercedesの話をするため)にお店に来てくれる。






イベント二日目。
やはり松島さんはなんの話をしていても最後はRios of Mercedesの話に繋げてくる。
その日は前半、暇だった。

「まあ、履かないでどうこう言うのも違うよなあ。」
と思ったので、試しに履いてみることにした。

松島さんに「大体イギリス靴だと7H / アメリカ靴だと8 / イタリア靴だと41です。」と、伝えたところ「じゃあ、河上さんはこのサイズです。」と、差し出された。

鏡を見てみた。
履く前に感じていた「自分のどこから湧いているのか自分でもわからない、ウェスタンブーツに対する嫌悪感」はどこかに消えた。
驚くほど軽い。ヒールが高くて気分がいい。
トゥスプリングも嫌な感じはしない。その時履いていたセミフレアのトラウザースから覗く華奢なラウンドトゥが心地よい。

が、でかい。普通に踵が浮く。
一番最初に働いた職場の靴のフィッティングの勧めは、比較的タイトフィッティングだった気がする。

その教えを引きずっていた僕にとってはとんでもなく大きい靴を履いているように感じた。
「大きい感じがするんですけど、こんなもんです?」と、聞いたところ「こんなもんです!」と言われた。
試しに一つ下のサイズに足を通してみたところ、確かに可能性すらなかった。
シャフトから先に足が入らない。
ちょうど隣にはそのサイズが合いそうな大谷くんがいる。
このサイズは後で彼に勧めることにしよう。

横にはニヤニヤしながら、サフィールのクリームを片手に「決まりましたか?クリーム塗りましょうか?」なんて構えている松島さんがいる。

そんなことをやっていた途中でお客さんが来てくれた。

二日目は後半から忙しくなった。
初日と違い、Rios of Mercedesが頭の片隅に残る。




三日目。
初日/二日目を通してお客さんに渡せたRios of Mercedesは1〜2足。
当たり前だ。自分で履いたことが無ければ良さを伝えることの出来ない靴である。
そのイベントは別にRios of Mercedesを紹介するのが目的では無かったとはいえ、これではあまりに情けない。

と、いう訳で買ってみることにした。

「どうせ買うんだったら初日に買っておけばよかったのに。。。」と、松島さんはニヤニヤしながら僕が買ったRios of Mercedesにクリームを塗っている。
隣に大谷くんがいたので、ついでだから彼も道連れにした。

その日の夜は、二人で「やっちまったな〜。」という気持ちと、新しいものを買った高揚感で複雑な気持ちになりながら撤収作業をする。

ちょくちょく感じるタイミングはあったけど「お客さんはもしかしたら、定期的にこういう心境になっているのかもしれない。」ということを改めて実感した。
そういう意味でも、僕らにとっては必要な買い物だったのかもしれない。





自分の「欲しい!」という気持ちだけでなく、その場のノリと勢いと、松島さんの押しの強さに負けて買うことになったRios of Mercedes。


結局気に入って履いている。
つま先の反り上がったトゥスプリングも、装飾的なシャフトにももう慣れた。
最初は大きく感じたサイズ感も、ソールが驚くほど返るようになってからはむしろ心地が良い。

手にした当初は「ウェスタンブーツを履く。」というのは非日常的な行為だったが、2年半経った今では僕にとって別に何も特別じゃない、日常的な行為になった。






自分の感覚の内側だけで物を選んでいたら、僕はウェスタンブーツを実際に手にすることは一生なかったのかもしれない。
いや、もしかすると手にすることはあったかもしれないけど、もう少し手の届きやすい物で妥協していた可能性の方が大きい。

(こと洋服に関しては特に)何が普通で何が普通じゃないか、僕らは判断がしづらい。
「全方向への普通」を売り文句にしているものに対しては疑問を感じることの方が多い。
僕には誰かにとっての普通を決めてあげることなんて、出来ない。


僕はこのRios of Mercedesを履いたことで、この靴の良さ以外にわかったことが一つだけある。
「自分にとっての普通は、他人に押し付けられるものではなく、自分が自ら作り出すもの」だということだ。





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河上 尚哉

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