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全て、無駄だった。




MANHOLEレジ横、布が被せてある「ストック」っぽく見えるラック。
ストックはストックなんだけど、ストックとして機能しているのは2割くらい。
残りの約8割は僕の私物が占めている。
そして、その内容はサイズの合わないジャケットや「なにこれ面白い〜。」というノリで買った洋服、気に入って手元にずっと残している洋服、そして何かのスタイリングに使おうと思い持ってきたはいいものの、持って帰るのが面倒でそのままお店に放置しているものが大半である。
かろうじて頻繁に稼働しているのはラックの下に並べてある靴くらい。
(MANHOLEのスタッフは靴のサイズがほとんど変わらないので、靴だけはかろうじて「ブログで使う」という大義名分が通り邪魔者扱いはされていない。と、思う。)

ハンガーラックにかけなければ綺麗な状態で保管ができない商品が納品される度に「あー、また私物整理(家に持ってかえるか、畳んでしまえるものは畳む)しないといけないのか。」と、頭を抱える。
まさに箪笥の肥やし。
いや、マンホールの肥やし。
マンホールの肥やしだと、そのまま直球でうんこっぽいな。

「たまに必要だから置いてある。」という状態を定期的に中台や悠人に伝えなければならない。
いや、実際に必要なタイミングはあるのだ。少なくとも僕にとっては。

僕から中台や悠人へ向けられる無駄な気遣い。
僕ら全員にとっての無駄なスペース。
僕1人で定期的に整理しなければならない無駄な手間。

全部、この洋服たちが無ければ発生しない「無駄」。





さて、この「無駄な洋服」。

「何かの企画のサンプルとして使うから〜。」とか「ブログの撮影で使うから〜。」とか「ビジュアル作りに使うから〜。」とか「接客に使うから〜。」とか「売るための〜」という目的を持ったものではなく、「僕が好きだから、かっこいいと思うから。」という理由だけで持ち続けているものだ。
(ちなみに、買う時は自分に「何かの企画のサンプルとして使うから〜。」とか「ブログの撮影で使うから〜。」とか「ビジュアル作りに使うから〜。」とか「接客に使うから〜。」という言い訳をしながら買っている。)

好きだからこそ、持ち続けていると、首を傾げながらぼんやりと眺め続けていると。
どこかのタイミングで急にピントが合う瞬間がある。
この感覚が楽しくて、僕は無駄な洋服を、買った時は着方がわからなかった洋服を持ち続けている。

サイズが合っていたり、どんな洋服とも合う物だったり、雨の日に便利なものだったり等、自分の中で既に目的が定められた洋服だと、この感覚を覚えることは難しい。
これは「買った当初、着方がわからなかった/しっくりこなかった/イメージがつかなかった/気分じゃなかった洋服」ならではの楽しみ方だ。

中台が昨日書いた通りの「僕の無駄な買い物」の結果。
「無駄」だらけの洋服が、今日もMANHOLEの店内に存在する。
無駄だと思ってもやめられない。
もしかすると、この無駄こそが、MANHOLEの核なのかもしれない。






この4,5年前に買ったCLASSのウルトラスエードのベストは、買った当初全く着方がわからなかった洋服。
CLASSのデザインチームは「世界で初めて、ウルトラスエードとデニムをボンディングしたベストです。」と言っていた気がする。

かっこいいし、ただ着るだけだろ。と思って仕入れてみたはいいものの。
お客さんに全く響かずに最後まで売れ残り、セールにかけるのも悔しいので自分で買った。

が、全然着方がわからず半年くらい放置。
寒くなったタイミングで「袖ないし、上からカーディガンとか羽織ればいいのかも。」と、思いついて合わせてみた結果、すごくしっくり来た。
しっくり来た瞬間に「やっぱりかっこいいし、ただ着るだけだったんだな。」と、改めて感じる。

ちなみにこのベストを着ていて便利さを感じたことは全くない。
半袖の洋服に合わせたいんだけど、夏着ると暑い。
暑がりな僕にとっては完全な冬服、だけど暖かくはなく風を止めてくれる程度。
便利にするためには工夫が必要な洋服だけど、何故だか着ていて気分がいい。



このベスト、今ではどう着たって良く見える。
買った当初よりも、似合っている気もする。

ちなみに、この合わせているLevi’sの507XXは2ヶ月くらい前に買ったもの。
良くMANHOLEで買い物をしてくれる後輩の店に遊びに行った際に結果を残さなければならないと、見栄を張りたくて購入。
無事、マンホールの肥やし入りした。
今は気恥ずかしくてなんとなく着れないので、しばらく経ったら着ようと思う。







昨日、中台が「これ、いいと思うんだけど全然着る機会ないんだよなあ。」と言っていたケープと合わせてみたら、すごくしっくり来た。
中台の家の箪笥の肥やしと、僕のマンホールの肥やしが花開いた瞬間である。

これはきっと、
「あえて着る理由」のない。
「何かと合わせなければ」着ることが出来ない。
「何かが足りない」洋服だからこそ感じることの出来る楽しさなのだろう。





よくよく考えると、自分にとって「自分には興味のない、他人が熱中していること」なんて大体が無駄だ。
ただ、自分が熱中していたことに飽きた時、行き先を見失った時、広がりを感じることが出来なくなった時に自分を救ってくれるのは、「自分には興味のなかった、他人が熱中していること」だったりする。

一枚で完結しない、何かに依存しなければ、持ち主の閃きや寛容さが無ければ成立しない、タイミング待ちの「無駄な洋服」。

僕らはその無駄な部分にこそ、退屈な毎日を乗り切る目的が隠されてるのでは無いかと思う。





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河上 尚哉

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