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別の顔

 僕が中学校に上がるか上がらないかの頃、当時の記録を次々と塗り替えるようなベストセラー小説があった。それはシドニィ・シェルダンによる「真夜中は別の顔」。(オリジナルは1973年に発表されたものらしいが)1990年代初頭に新書が発行されたタイミングで、うちの親も含めて当時の日本中が読んでいた記憶がある。

 真夜中「は」というくらいなので、普段と「は」別の顔。昼間とか夕方とか寝起きと「は」まったく別の顔。「真夜中も別の顔」とも違う、真夜中限定のその顔。

 

 こんにちは。MANHOLE 非常勤ライターの鶴田です。河上も中台も「もう、このブルゾンについて書くこと何にもないっすよー」とか言うので、代わりに一筆…。

 別の顔。 このフレーズが僕は好きだ。二面性のない人間なんて存在しないし、ひとりの人間が持つもうひとつの顔は「真夜中」にこそ現れるものだろうと僕は勝手に思っている。

 僕がここで言う「真夜中」とは、仲間とカラオケで騒ぎ散らかしている時間帯のことではなく、只、圧倒的にひとりで過ごす時間のこと。この孤独な時間の中で自分が自分にだけ見せる「別の顔」は他人の目線を同伴しない分だけ、絶対的に正しい。社会的に正しいのではなく、個人的に正しい。他人(ひと)には言えないくらい正しい。

 

 ファッションブランドにも、昼間と真夜中で別の顔を見せるものがある。

 renomaはその最たるものだ。デパートのハンカチ売り場で、シャビーなレギュラー古着屋の最前線で、その昼間の顔は覗き見ることができる。それは、たまに会う親戚のおじさんのように実に人の良さそうな顔をしている。これはライセンス商法という、モーリス・レノマよりも一世代前を生きたピエール・カルダンという怪物デザイナーが生み出したファッションシステムの賜物である。

 では、renomaにとって真夜中の顔とは?

 それは例えば、1960年代にパリのポンプ通りにあった「ホワイトハウス」という名前のブティック。著名人も無名のアーティストも皆が同じように芸術論を繰り広げ、場合によっては乱痴気騒ぎと半ベソの内省を交互に繰り返したであろうその時間には、まるで「8 1/2」のマルチェロ・マストロヤンニが感じた様な孤独が存在しただろう。

 それは例えば、堀切道之氏が1960年代の伝説に夢想を飛ばした東京の夜。renomaの伝説に登場する人物がウォーホルやゲンズブールのような(氏にとっての)スペシャルであればあるほど、その夜は「真夜中」になる。 カリスマティックな過去の伝説に現在のディレクションを加えるとはそういう行為だ。

 
 洋服の文化とは個人的なものであるが故に、普遍的である。個人と大衆(つまり真夜中と昼間)の間を行ったり来たり、ひたすらに延々と繰り返している。それ以外の意味はほとんど成立しないと僕は思っている。そして、僕らが正しいと思う時間はrenomaというブランドを介して、僕らが過ごす全ての真夜中に繋がっている。僕らが正しいと思う真夜中は、昼間の目線で「元・真夜中」の洋服をリプロダクトしたものや、朝方のコーヒーで無理矢理に目を覚ましたような態度の中には存在しない。

 勿論、これは昼間がすべて悪いと断罪する意味ではなく、あくまでも「僕らが」という鍵括弧(かぎかっこ)付きの限定的なものである。ただ「個人的な真夜中」をすべて排した、鍵括弧が付かないものに僕らは興味がないだけだ。

 1982年に北京を訪れた際にアンディ・ウォーホルが身に着けていたrenomaのマルチポケットブルゾン。それとは別にrenomaのコレクションに当時から用意されていた袖デタッチャブル仕様のオルタナバージョン。このモデルをベースに、素材は60/2のコットンギャバジンにニドム加工を施したものへアップデートさせている。言わば、これは「ウォーホルが着なかったブルゾン」だ。「ウォーホルが着なかったブルゾン」は「堀切氏の真夜中」を経由して「ウォーホルとは別の顔をした僕ら」の手元に届いた。煩雑なほど取り付けられた無数のポケットにはウォーホルが入れなかったものを詰め込めばいい。それを考える個人的な時間はたっぷりと用意されている。2021年の真夜中に。

 別の顔。いま、このテキストを真夜中に書き続けた僕は孤独な時間を長く過ごしすぎたようだ。そして、夜が明けてくる。僕自身の別の顔は一旦胸ポケットにでも隠して、冷めたベージュ色をしたコットンギャバジンのブルゾンを部屋着の上から雑に羽織ったら、昼間の世界へ出かけよう。

 さぁ、そろそろ準備はできたかい?



※renoma – MULTI POCKET BLOUSON -は
11月20日(土)から販売致します。
発売日当日にご来店下さるお客様から優先的にご案内致します。
オンラインストアへの掲載は週明けの11月22日(月)に在庫が残っている場合のみ行います。
何卒ご了承ください。

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鶴田 啓

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