知り過ぎた男
renomaのブレザー「VERNEUIL」について、昨日・おとといで河上と中台が立て続けに書いたブログ。僕は彼ら二人より10歳以上も年長だし、前職でスーツ売り場に立っていたこともあるし、スーツやドレスシャツなどを企画し続けてきたし、英国の仕立屋でビスポークしたこともあるし…。彼らからすると、もしかしたら僕は「ドレスアイテムのことを知っている人」に見えるかもしれない。
こんにちは、鶴田です。
はっきり言って、僕はスーツのことなんか知らない。「全く知らない」というわけではないが、僕自身の中で「その程度の知識は、知っているうちに入らない」というレベルでしかスーツやドレスアイテムのことを知らない。僕よりも知っている人はゴマンといると思う。(そのレベルがどこに設定されているのかは自分でも謎だとして)仕立屋で働いている人よりは知らないけど、その辺りのセレクトショップで一般的に働いている人よりはたぶん知っている。全部は知らないけど、少しは知っている。つまり、自分が知らないということ自体は知っている。無知の知、というやつか。
翻って、すべてを知るとはどういうことなのか、いつも考える。
「そんなことも知らないの?」「まるで分かってないねぇ」
これは、僕が24年くらい洋服屋で働いていて、実際に聞いたことのある言葉だ。そのたびに、僕はいつも思っていた。このセリフを容易に吐ける人は「思い込みが激しい人」なのだろう、と。「信じる力が強い」とも言える。自分が積み重ねてきた知識や経験に対して、自分で最上級の冠を与えられる人。その正しさを信じて疑わない人。言い切りの口調で他人を巻き込むことができる人。
(逆に疑り深い)僕はそういう人たちに対してある時期までコンプレックスすら抱いていたけれど、今は違う。どうでもよくなった。勿論、その人たちが持つ経験や英知はすばらしいものだと思える。しかし「すべてを知っている」と自分自身やその知識を信じることができる人は、この先どうやって生きていくのだろうか。新しい事実が明るみになった瞬間、自分の知識が誤りだったと認め、今までの経験や感性を鮮やかに更新していくことはできるのだろうか、と。
昨日までの常識が一変し、過去の遺物に変わり果てることを(例えばコロナ禍を通して)僕らは知ってしまった。つまり、未来のことはまだ誰も知らないわけだ。想像すらつかない。予測は立てられるかもしれないが、過去を知り過ぎて(分かったつもりになって)未来を決めつけるには、まだ早い。
renomaのブレザー「VERNEUIL」 を着てみた。英国製やイタリア製のブレザーを着てきた僕だが、そのどちらとも違う感触がこのブレザーにはある。細身だし、着心地は確かにかっちりしている。ラクチンでは決してないかもしれない。普段、これほどかっちりした洋服を着ないという人もいるだろう。しかし。
MANHOLEはオープンしてまだ三年足らずの若い店だ。お客さんは20歳から60代まで幅広いけれど、この店で初めて本格的なレザーシューズを買ったという人は多い。全身を古着で固め、今までスニーカーやカジュアルな革靴しか履いてこなかった若者にとって、F.LLI Giacomettiのシューズはちょっとした冒険の入り口になったはずだ。スーツやジャケット、いわゆるテーラードアイテムにも同じようなことが言えると思う。
テーラードアイテムは堅苦しい、ブレザーはかっちりしている。そんな先入観すらないままに袖を通してみると、 このブレザーが持つ単純なカッコよさに触れることができる。
中台にも先入観はない。昨日は「別にシャツやネクタイで合わせなくても」なんて言っていたけれど、今日はワイドなパンツやカラフルなグルカサンダルで自分らしく余裕で着ている。
そう、たった一日先だとしても未来は未来。ブレザーの見え方を決めつけるには、まだ早い。
僕が英国の仕立屋で誂えたブレザーに比べると、 renomaのブレザー「VERNEUIL」 はむしろ軽快な印象だ。モーリス・レノマが活躍した1960年代という時代は、メンズ服が既成概念を飛び越えて解放された時代。自由なデザインも自由なコーディネートも自由なTPOも、この時代に花開いた。だからこそ、このブレザーを前にして、僕らは1960年代の着方に縛られてはいけない。60’sも関係ない。パリも関係ない。セルジュ・ゲンズブールも関係ない。
もしも、知り過ぎることで明日がつまらなくなるのであれば、知識とは何のためにあるものだろうか。テーラードアイテムをまだ知らない人たちは知らないままで、知り過ぎてつまらなくなってしまった人は過去を一度捨てて、このブレザーと真っ新な気持ちで相対してみてほしい。「シルバーのフラットメタルボタンだからフレンチっぽく」なんて知識は邪魔になるだけだから、この際忘れてしまおう。きっとそれは1980年代の記憶の残像だ。
まだ知らないこと、まだ経験したことがないこと。その余白が残されているということは、これから先も夏休みの小学生のようにまだまだ遊べるということ。
2022年。いま現在の自分に見える景色の中で、自由に着こなしてもらうつもりで僕たちはこのブレザーを仕入れてきたのだ。自分なりの尺度で存分に遊び尽くしてほしいと思う。
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鶴田 啓
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