column

ねじ14

 

 AM10:30。銀座線の渋谷駅。ホームに響き渡る「駆け込み乗車はおやめください、駆け込み乗車はおやめくださ~い!」というアナウンスの制止を振り切って一人のおばさんが3番線の車両ドアへ全速力で飛び込んでいくのが見えたが、その列車はあと4分くらい発車しない後発列車だった。車両の中で息を切らすおばさんを尻目に、4番線から「浅草行」の先発列車がゆっくりと動き出した。現代人は時間に終われている。

 人間の歴史は移動手段のスピードと関係していると思う。例えば、人類が馬に乗ることを覚えなければ、世界地図は現在と全く違う形になっていただろう。もしも馬が今川義元の想像を超えるほど速く夜道を駆け抜けることが出来なければ、桶狭間の戦いで織田信長の奇襲は成功しなかっただろう。

 戦に限らずとも、古代から人間の移動や輸送に大きな力を貸してきた馬。A地点の文化が遠く離れたB地点へと伝播していくとき、馬の存在無くして人は長い距離を移動することができなかっただろう。中央アジアを横断する交通路として機能したシルクロードは中国からのシルク輸出の他にも、仏教をはじめとする宗教、哲学、科学、あるいは紙や火薬のような技術の東西交換を可能にした。経済的な貿易のみならず、ペストなどの病気もシルクロードを通じて伝搬したとされている。 その後も自動車~飛行機の発明に伴って移動や輸送のスピードはますます上がり続け、人々は時間の短縮と行動範囲の拡大を手に入れた。情報に関しては手紙が電話やFAXに変わり、電気信号の応用としてインターネットが普及すると、あっという間に注文書が相手の元に届くことになった。注文から24時間以内に商品が届くほど輸送ルートは整っている。あとはSFに出てくるような転送装置さえ完成すれば注文した2秒後には商品が手元に届く時代もそう遠くないのかもしれない。

 MANHOLEでは一部の商品に限ってオンラインショップを展開しているが、実際に店頭に来て頂いたお客さんにはオンラインショップ以上の楽しさを感じていただけるように日頃から考えている。先日、店内でこんな光景を見かけた。あるお客さんがパンツの購入を決定したその直後に、別のお客さんが同じパンツを目的に来店されたのだが、生憎そのパンツはそれが最後の一点だった。それを知った先のお客さんが後のお客さんに「よかったら試しに穿いてみてください。僕はそのパンツじゃなくても大丈夫なので」と勧め、後のお客さんは「いえいえ、そんな…ほんとにいいんですか?」と言いながら試着された。フィッティングから出てきたお客さんを、先のお客さんは「すごくお似合いですね」と褒めていて、結局、そのパンツは後のお客さんの手に渡った。先のお客さんは別のニットを購入された。初対面の他人同士が洋服屋の店頭でお互いに譲り合いながら買い物をする光景は、ちょっと不思議で微笑ましく、猛スピードで突っ走る現代社会のギアが少しだけ落ちたように感じた瞬間だった。

 オンラインショップやブログは遠方の方々や直接お店に足を運べない人々にとって情報源であり購入手段である。数あるネットショッピングの中から、わざわざ調べて購入を検討していただくことを僕らは勿論ありがたく思っている。一方で、ファッションには情報や物質以外の側面がたしかに存在する。僕が店頭で見かけたその光景もある意味ではファッションの一部だと思う。

 0か1か。二進数で進むインターネット上では、タッチの差で品切れになった商品の購入ボタンは押すことができない。しかし実際に店舗を構える洋服屋としては、スピードの優劣がすべてを決めてしまわないお店こそが個人的には理想だと思う。それは譲り合いとか、そういう意味だけではなく、欲しいものが売り切れていてもいなくても場所として機能するということ。そのスピードが緩やかになる瞬間、ファッションは激しい情報戦線やスピード争いの螺旋から抜け出し、本来いたはずの場所に戻ることができる。外苑前にあるMANHOLEは立地的には決して便利とは言えない場所にある。遠方の方々には尚更時間をかけて来てもらうお店かもしれない。しかし、僕らはスピードを落とすことを厭わずに場所を求めている。そうありたいと思っている。MANHOLEにお越しの際は、時間に余裕を持ってゆるりと来ていただきたい。ゆっくりと楽しんでいただきたいと思う。なにより、その方が銀座線へ駆け込み乗車する必要もないし。




鶴田 啓