不必要な靴

ノルヴェジェーゼ製法特有のステッチ。
そして、トゥのみが見えている状態ではブーツか古臭い短靴。

甲の部分のみが見えていると、つっかけのサンダル。

バックストラップ、シルバーバックルが顔を覗かせた瞬間。
急に色めき立つF.LLI Giacomettiのスリングバック。
ナースサンダルによく見るデザイン。
「サボ」と言った方がわかりやすいかもしれない。
スリングバック自体は同ブランドのトレッキングラインであるMarmoladaで昔から作り続けている型。
僕が初めて目にしたのはカビ加工されたモデル。確か10年ほど前だった。
最初は「変な靴だなあ。カビ生えてるし。」と思ったけど、誰かが履いているのをしばらく眺めている内に「この靴にしか出来ないことがあるのかもしれない。」なんてことを期待させてくれる靴でもあった、今はジャコメッティならではの代表的デザインだとも思っている。
が、残念ながら踵が無い高級本格靴なんて必要とする人間はそんなに多くないのであまり日の目を見ない靴なのかもしれない。僕はその点も気に入っている。みんながこんな靴を履いていたら嫌だ。だからそんなに頻繁にオーダーはしない。何か発見があった時、この靴にしか出来ないことがある時、僕は売り場に並べるようにしている。


私物のMarmolada。
ヌバックでスクエアトゥ。
Marmolada名義でリリースされるスリングバックはブーツ木型、ノルベジェーゼ製法、Vibramを履かせたボリューミーなモデル。
対してF.LLI Giacometti名義でリリースされるスリングバックはスリッポン木型、ノルヴェジェーゼ製法、レザーソール。


イギリス製のネイビーブレザー、ロングポイントのレギュラーカラーシャツをタイドアップ。
そしてグレーのスラックスに合わせてみると「まさかこの靴に踵が無いなんて信じられない。」くらいの仕上がりにはなるのだけれど、この靴には実際に踵がないし鶴田さんがやると逆に普通に見えるのが不思議。
用いられるスリッポン木型はRossa。
鶴田さんが履いているモデルの甲革はUtah Calf。
この靴にもこの靴にもこの靴にもこの靴にも使われている木型だし、甲革もクラシックなのに踵が無いだけでこうも違う。

一度歩き出せば、踵から覗く靴下に目が行く。
地味だけどアイキャッチ。
これが「この靴にしか出来ないことがあるのかもしれない。」と見る人に感じさせる理由の一つである。
ちなみに僕はレングスをズルズルにしてパンツを穿きたい時にこの靴をよく履いていた。
踵にパンツの生地を滑り込ませれば、よっぽど長いか裾幅が広く無い限りパンツは擦れない。
いや、厳密にいうとソールと自分の肌で擦れるので生地は痛む。だけど、地面に擦れるよりよっぽどいい。レングスは直したくなった時に直せばいい。
そもそもレングスをズルズルにしてパンツを穿く必要なんて無いんだけど、レングスをズルズルにしてパンツを穿かなければ出来ないことだってあるのだ。



「だからそんなに頻繁にオーダーはしない。何か新しい発見があった時、この靴にしか出来ないことがある時、僕は売り場に並べるようにしている。」
と、先に書いたのに今回MANHOLEに並べた理由の一つは、去年裸足で履いてみたら気分が良かったから。この靴に対して飽きた時、どうでも良くなったタイミングでやってみてほしい。
僕はそれでこの靴の新しい顔、手持ちのパンツの新しい顔、そして自分の素足の新しい顔を見た。別にやる必要も無いのだけれど、少なくともやらずに飽きるよりよっぽどいいと思う。
もう一つの理由はスリングバックも黒スエードも、必要ない人にはとことん必要のないものだと感じたから。
一生手にしない人だってたくさんいると思う。
冷静に考えるとノルヴェジェーゼ製法である必要が無いし踵が無い必要もない。
が、この靴は踵があってはならないしノルヴェジェーゼ製法でなければならない。
誰かにとって無駄なデザインはこの靴がこの靴である為に必要なのだ。



” F.LLI Giacometti ” – FG484 –
[ Utah Calf Nero ] [ Velvina nero]
¥110,000-(tax included)
世界中に溢れる不必要なもの。
それが自分にとって必要か必要で無いかは、自分にしかわからない。
別に全部が全部最後までわからなくてもいいとさえ思える。
僕にとって洋服や装飾品は、そのことを理解するきっかけの一つ。
一見不必要な何かも誰かが必要としているから今、その形で残っている。
そう考えると今日より明日はもう少しだけ、知らない誰かや隣の誰かに優しく接することが出来る気がする。
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