何かが違うシャツ
シャツを着てジャケットを羽織った時。
何かに映る自分を見て「何かが違うな。」と感じたことは、無いだろうか。
僕はある。たくさんある。
たくさんあるせいで、僕はまずシャツのせいにしてシャツを着ることを辞めた。
諦めた。ジャケットを着慣れることを始めた。
さて、この「何かが違うな。」という感覚はどこから来るのだろうか。
ジャケットのバランスのせいなのか。
シャツのバランスのせいなのか。
パンツのバランスのせいなのか。
それぞれの組み合わせのせいなのか。
はたまた自分のせいなのか。
洋服を買う行為というのは、その「自分のせい」以外の道を潰していく為の一つの過程だ。
それを繰り返すことでいつか自分のせいではなかったと感じるかもしれないし、もしかするとその道中で自分のせいでなくなっていくのかもしれない。
が、少なくとも一つだけ言えること。
それは、同じようなバランスの物を買い続けているばかりでは「何か違うな。」という自分の中の違和感は消すことなんて到底出来ないということ。その同じような物ばかりが似合う自分になっていくだけだ。それもいいけれど、果たしてそれでいいのだろうか。
僕はそれに飽きた。「飽きないもの」を謳った洋服だらけだからこそきっと飽きて当然だろうし、そういえば世の中にはたくさんの「自分が諦められたもの」で溢れている。
折角だからその「諦めた/諦められたもの」を楽しんだ方がいいのではないだろうか。
だから僕はMANHOLEの為に、鶴田さんにドレスシャツを企画してもらった。
鶴田さんであればその「何か違うな。」の何かの答えを、知っているような気がしたからだ。
Leonard(レナード)。
先日鶴田さんが書いていたように、名前に特に意味は無い。
今後型数が増えていくのであれば「Leonard②」「Leonard③」のようになっていく。
僕らが飽きない限り、マイナーチェンジを繰り返しながらMANHOLEの売場に並び続ける予定だ。
この「Leonard」というシャツ。
僕が用意する現行の洋服が並び、中台が用意する古着が並ぶMANHOLEというお店に並ぶからこそ、このシャツがこのシャツとして生まれた意味が生まれる。
これはなにもコーディネート云々というどうでもいい話でも、僕/中台/鶴田さんという3人の関係が日々生み出すどうでもいいエモさを伝えたいわけでもない。
MANHOLEというお店の、態度の話である。
ドレスシャツは肌着だ。
作りが繊細になればなるほど、糸が細くなればなるほど、高級生地メーカーのタグがつけばつくほど、値段が高くなればなるほど、扱うには経験と実践、もしくは完璧に手入れをしてくれる執事が必要だ。
更に生産国による雰囲気の違い、襟型/台襟の高さをはじめとする各バランス、作られた時代などでも全然違う。
そして、当たり前のように値段が高ければ高いほど(その人にとって)良いものとは限らない。
どんなに縫製が良かろうがどんなにパターンが優れていようがどんなに生地が良かろうが、自分が求めるバランスと異なればそれはただの「誰かにとっての良い洋服」である。
誰かにとっての良い洋服とは、自分にとってどうでもいい洋服だ。
その自分にとってどうでもいい洋服は、残念ながら「自分にとっての良い洋服」には絶対になり得ない。
対して、今回のLeonardはビスポークのジャケットからボロボロのジーンズまで合わせられるドレスシャツとして必要最低限なスペックにしている。
「必要最低限なスペック」と言っても、国内有数のドレスシャツ工場に縫製を依頼しただけあり、百貨店やセレクトショップのドレス売場にMANHOLEと同価格帯で並んでいても遜色ないような仕上がりだと思う。
が、このシャツの価値はそこにはない。
このシャツの魅力は、興味があれば誰でも気軽に取り入れることが出来る点だ。
100番手双糸の英国生地はアイロン慣れしていない僕らでも簡単にシワを伸ばすことが出来るし、フラシの芯もコツさえ掴めば問題無くプレスできる。
ドレスシャツを着慣れていない僕や中台でもこのシャツを着慣れた時、両胸のポケットが必要でなくなった時、「何かが違う。」と再度感じ始めた時。
僕らは自信を持って違うものを、鶴田さんに頼ることなく自分で選べるようになっているのではないだろうか。
77年製トミー・ナッターのジャケット&トラウザーズに身を包んだ、青いシャツの1人。
デザイナーズブランドのナイロンパーカー/古着のドレスパンツに身を包んだ、ベージュ色のシャツの1人。
黒いアクセサリー/黒いパンツ/黒いベルト、モノトーンに身を包んだ、白いシャツの1人。
そして、それぞれが首から下げるジャガードやプリントの(ともすれば)時代遅れのネクタイ。
いずれも鶴田さんの匂いを感じる洋服だけど、この3人は誰1人として鶴田さんにはなっていない。それは、この3人がどんな洋服を着せられたとしても自分自身のバランスを持っているからだと思う。同時に鶴田さんが鶴田さんのバランスを持っているからだ。
そう、僕らはお客さんに「その人以外の誰か」になってもらう為に、MANHOLEにこのシャツを並べるわけではない。
見たことの無い自分になってもらう為だ。
何かに映る自分を見て、自信に繋がる光景を見てもらう為だ。
その光景を目にする瞬間こそが、当初「自分のせい」だったのが「自分だから」に変わる瞬間だと思う。
人はどんな色にも変わることが出来るというのと同様に、自分は自分自身にしかなれないのだ。
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河上 尚哉
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