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ねじ21



 もう、かれこれ6~7年くらいの間、僕が通い続けている1軒の居酒屋。いつも1階のカウンター席にひとりで座るんだけど、通い始めて3年が経つ頃から焼き場を取り仕切る「藤田さん」という60代の大将に少しづつ話しかけられるようになってきた。基本的には静かに飲んでいる僕も藤田さんに話しかけられると普通に受け答えをするが、15席が1列に並んだカウンターではどのお客も1人飲みを静かに楽しんでいるので、会話の尺は周りの空間を邪魔しないさっぱりとした最低限のものになる。いつからか、その藤田さんが僕にメニューをおすすめをしてくれるようになった。

 この店は「やきとん屋」なので、初めのころは僕も普通に「はつ」や「かしら」「ねぎま」「つくね」などを頼んでいた。藤田さんは焼き場担当。メインメニューの「やきとん」をはじめ、「焼き魚」や「焼きおにぎり」を焼く係だ。何年も通い続けるうちに僕はいつの間にか、藤田さんを活躍させたいと思うようになっており、「冷奴」と「アジ南蛮」だけでチューハイが飲めそうな日も必ず焼き物を一品は頼むことにしていた。ある日「今日は肉よりも魚が食べたいな」と思ったので、串ものの代わりに焼き魚を頼んでみたところ、藤田さんがちょっと嬉しそうな顔をしたように見えたので、 それからというもの、なんとなく僕は焼き魚をオーダーする頻度を増やすことにした。「サバ焼きください」「塩さんま焼きください」「赤魚粕漬けください」「アジ開きください」それを繰り返し続けた結果、今では入店して着席すると同時に「今日は何焼く?」と藤田さんからカウンター越しに聞かれるようになってしまっている。最近は「今日は何焼く?」と聞かれて「さんまにします」と返すと「え~~?ほっけでしょ~」と言われるので「じゃあ、ほっけでおねがいします」というくだりまで付いてくるようになった。「主体性がないなぁ」と笑われるので「僕は藤田さんのおすすめが食べたいです」と言うと、嬉しそうに魚を焼いてくれる。その日に来るかどうか分からない僕のことを考えながら「今日、あいつが来たらは何を焼いてあげたいか」なんてことまで考えるらしい。こうなると、僕の方も益々、何でもよくなってくる。

 藤田さんは北海道出身で、写真家になることを夢見て上京したらしい。専門学校に通いながら写真を撮り続けていたがフィルム代が高くて食っていけず、知り合いに頼まれて飲食店を手伝っているうちに、気づいたら40年近くもの間、やきとんを焼き続けているらしい。僕は今もこの店に足繫く通っているが、はっきり言って食べたいものなんて何もない。ただ、藤田さんが焼き魚をおすすめしてくれることが好きで、今日も吸い込まれるように赤いのれんをくぐっている。





鶴田 啓