ねじ27

僕が乗り換えに使う駅の前にはこのコラムに何度も登場しているいつもの店とは別に、24時間営業の居酒屋がある。その店は食券制で、退店時には食器類を返却カウンターに下げるというセルフサービスな居酒屋。(僕はやったことないけど)生ビールもサーバーからセルフサービスで注ぐシステムだ。人件費をかなりシビアに絞り込んでいるのだろう。メニューはどれも安価で、マズウマという感じ。僕はマズウマの中でも上位クラス(マズすぎない)メニューのみを注文しながら、利用時間帯が自在なこの店で軽く一杯ひとり飲みしたりする。
入店するとまず席を確保し、券売機で買ったチケットを注文カウンターに提出すると外国人のホールスタッフが席までドリンクとおつまみを運んでくれるこの居酒屋。安価な店なので文句は言えないのだけれど、飲んでいる最中に席を立ち、券売機でチケットを買い求め、いちいちカウンターへ提出しにいく動きはどうにもメンドクサイ。最初の一杯なんて五分もあれば飲み干してしまうので、着席後すぐに券売機まで行かなければならないのだ。ある時から僕は最初の発券時に「酎ハイ(プレーン)」というボタンを二回押して、ストック用もまとめ買いすることで席を立つ回数を減らすようになった。とはいえ、ジョッキの酎ハイ二杯などすぐに飲み終えてしまうため、二回目も二枚発券。二度の離席で四杯の酎ハイを頼む、というオペレーションが習慣化していった。
そんなある日。いつも通り「酎ハイ(プレーン)」のチケットを二枚注文カウンターに置いて着席していたところ、まずジョッキがふたつ届いた。それを飲み始めてすぐ、今度は外国人スタッフが「オマタセシマシター」と言って小ジョッキの「酎ハイ(プレーン)」を二つ持って僕のテーブルに来た。「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と僕が言うと、彼は「シツレイシマシタ」と言って小ジョッキを取り下げた。「別のテーブルの注文を誤って届けてしまったのかな」と思いながら引き続き飲んでいると、また先ほどの彼が今度は中ジョッキを二つ持って来た。「タイヘンシツレイイタシマシター」と言いながらプレーン酎ハイ二つを僕の前に差し出してくる。さっき、「違いますよ、これ」という僕の台詞を聞いて「サイズを間違えた」と思ったのだろうか。僕の本来のジョッキ二杯はとっくに届いている。一瞬「いや、だから頼んでないって」と言いかけたが「この酎ハイも処分するのだとしたら合計四杯も彼は廃棄することになる」と思い直して、黙って受け取ることにした。結果として僕のテーブルには四杯の中ジョッキが並ぶことになり、見た目で言うと完全なアル中状態である。期せずして、一度の発券で四杯の酎ハイを飲むことになった。
ふと「金の斧、銀の斧」というイソップ寓話を思い出した。「あなたが落としたのはこの金の斧ですか、それともこの銀の斧ですか?」と湖から突如現れた女神に尋ねられて「いえいえ、私が湖に落としたのはもっともっとショーも無くてザコい鉄の斧でゲス、へい」と正直に答えた木こりが「正直者のあなたには金と銀、両方の斧をどちらも差し上げましょう」と女神に褒められて、大いに儲かった。みたいな話だったと思う。ということは、もしかすると二回目の中ジョッキも「違います」と断っていれば、注文カウンターの奥から女神が出てきて「よろしい、正直者のあなたには酎ハイ(プレーン)小を二杯と酎ハイ(プレーン)中を二杯、合計四杯の酎ハイ(プレーン)をどちらも差し上げましょう」と展開し、合計六杯の酎ハイと女神に囲まれながら酒池肉林、よく見たら女神の頭には鉄の斧が刺さっていたりして。うわぁ、もう眉間のあたりまで食い込んでるよぉ、斧、血まみれ。女神笑ってる、こーわー-。と思ったところで目が覚めた。あー、やな夢見たな。やな夢見たことだし、気を取り直して「酎ハイ(プレーン)」でも飲もうか、と券売機に向かい「酎ハイ(プレーン)」ボタンを押したら「オマタセシマシター」って右手に金の斧、左手に銀の斧を持った外国人スタッフが僕の席までやってきて「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と断ったところ「正直者のあなたには、このマグロ切り落としと揚げ出し豆腐を差し上げましょう」って、いやこれどっちもこの店の下位メニューじゃん、マズいんだよなぁ。と思いながらテーブルに並んだ二品をじっと見つめているところでまた目が覚めた。沈み込むばかりでちっとも浮かび上がらない、インセプション、なんだよこれ何層目?いったい今、酎ハイ(プレーン) を何杯飲んだんだっけ、いや、まだ一杯も飲んでないのか。一度の発券で複数の飲み物を頼むと、なんだかよく分かんなくなっちゃうので、今度から酎ハイをおかわりするときには一杯ごとにレモンスライスを足してもらって、今何杯飲んだのかを数えることにしよう。
というパラレル。
鶴田 啓