column

ねじ32



池袋、いつもの居酒屋でカウンターに座る。

ふたつ隣に座る中年の客がホールスタッフを呼び止める。「きんぴらありますか?」と尋ねられたアジア系外国人留学生は新入りらしい。おもむろにホワイトボードを見やると、彼は「ナイデス」と答えた。お客は「じゃあ、谷中ショウガをひとつ…」と言いかけた。

横で聞いていた僕は「いや。きんぴら、あるでしょ」と思う。新入りが見上げたホワイトボードは本日のおすすめメニュー。手書きのペン文字で「菜の花おひたし」や「特大がんも」「ホタルイカの酢味噌和え」など、その季節ごとのメニューや本日入荷の魚がリストアップされている。一方で、カウンター前にはグランドメニューが設置してあり、そこには定番のおつまみからドリンク類までが書いてある。「もつ煮込み」や「マカロニサラダ」と並んで「きんぴらごぼう」はこの店の定番メニューだ。「きんぴら、あるよ」と僕が横から口出ししようかと迷っているうちに、カウンター内の藤田さんとフロアリーダーのミスタがすかさず「きんぴらあるよー--」と異口同音、お客に声をかけていた。それぞれが自分の仕事に手を動かしながらも新入りの会話や動きを間接視野できっちり見ている、聞いている。無事、「きんぴら」にありつけた中年客を横目で見ながら「いいチームだ」と僕は思った。

後日、同じ店のカウンターに座る。留学生スタッフの姿も見えた。いつもどおりにチューハイを飲んでいると、周りの会話が耳に飛び込んでくる。留学生スタッフがオーダーを通す。「ちゅくね、たれ、イッチョ―!」

経験上、外国人の中には日本語の「つ」がうまく発音できない人がいることは知っていたけれど、彼もどうやらその一人のようだ。それにしても「ちゅくね」は可愛い。十分、伝わるだろう。

しかし、問題はその後にやってきた。「ガツ、たれ、ハツ、しろ、レバ、しろ、一本ずつー!」

この店でホールスタッフは「肉の種類、味付け」の順番で単語を並べて大声で叫び、焼き場の藤田さんにオーダーを通す。おそらく、彼がオーダーしたかったのは「ガツのたれ」「ハツの塩」「レバーの塩」一本づつのはず。しかし「しお」がうまく言えずに「しろ」となってしまっている。これでは「ガツ」と「はつ」と「レバー」と「シロ二本」が通ってしまう。やべぇ、間違いに気づくと藤田さんがキレる。そう思うと気が気じゃなくなり、あのおじさんが頼んだ注文は果たして無事なのか?心配のあまり、チューハイを飲むピッチが上がる。藤田さんは黙々と何かを焼き始めた。

しかし、五分後。おじさんのところへ運ばれていく皿を思わず横目で覗き見たところ、そこには無事に「ガツたれ、ハツ塩、レバー塩」が鎮座していた。さすが藤田さん。ちゃんと予測している。僕は思わず「お前の失敗なんて計算のうちに入っている」と言い合う桜木花道と流川楓のことを思った。やはり、いいチームだ。周りはちゃんと見守ってくれている。大きく羽ばたけ、少年。

ちなみに、この店の焼きとんメニュー表には以下のように書いてある。

シロ(腸)・・・本来は「ヒロ」ですが、江戸っ子は「ひ」を「し」と呼ぶことから「シロ」に。

ほら、なまりなんて計算のうちに入ってるって。




鶴田 啓