SADE JK10
河上がジャケットを作りたいと言い出した。どんな感じの?と僕が尋ねると、河上は「コートみたいに細長い襟型のジャケットです」と答えた。続けて「なんていうか、こう、ひゅいっ、ひゅいっとした感じの襟です、分かります?」と言いながら両手を使って謎の図形を空中で描き出した。僕は「あぁ、分かる気がする」と返した。
こういった抽象的な言葉、あるいは断片的なイメージから商品企画が始まることは多々ある。
MANHOLEの場合は、特に。
今回、この「襟がひゅいっとしたジャケット」という断片的なイメージをぶつけた相手はSADEのデザイナー・影山さんだった。影山さんは僕らの断片的なイメージをいつだって真摯に汲み取ろうとしてくれる。熱心に話を聞いて、メモを取ってくれる。ポケットの数や、全体のコンストラクション、サイズ感にいたるまで細かく取材してくれる。
とはいえ、今回の企画は取っ掛かりがあまりにも抽象的で漠然としていたため「さすがに2回以上は念入りにサンプルチェックしないといけないかも」なんて思っていた。
それからしばらくが経ったある日、影山さんが店を訪ねてきてくれた。手持ちの袋の中には「襟がひゅいっとしたジャケット」の1stサンプルが入っていた。影山さんはいつもどおりの謙虚な姿勢でソレを取り出すと、僕らの前に掛けてくれた。
「……出来てる」
僕と河上は目を丸くした。初回サンプルにして既に、僕らがイメージしていた形のほとんどが目の前に出来上がっていたのだ。その後は僕と河上で交互に試着をしながら「いや、これ、めっちゃカッコいいですね」とベタ褒めしたところ、影山さんは照れ臭そうに「そうすか、ありがとうございます」と笑った。
その後、僕らから最終的にお願いした細かい修正箇所をメモに書き込むと、影山さんはMANHOLEを後にした。
かくして「襟がひゅいっとしたジャケット」改め、SADEの「JK10」は完成した。
まず特徴的なのは襟型。たしかに「ひゅいっと」している。他にも胸と腰に取り付けられた4パッチポケット、ノーベントでふんわりとフレアした蹴回しなど独特の雰囲気。個人的にもっともびっくりしたのは前留めのボタンスタンス。「こんな二つボタンジャケット、見たことない」という影山さんのアイデア。意外性はあるけれど、なぜかこの形に乗ると落ち着くディテール。
スクエアなフロントカットはサファリジャケットみたいなムードだけど、全体感としてはサファリの男っぽさをほとんど感じさせない。むしろ、ちょっと中性的な、にゅるっとした曲線的なフォルム。でも、肩回りはしっかりとカッコいい感じ。
生地は多色使いのメランジで、影山さん渾身のオリジナルファブリック。全体でみるとココアブラウンのようにマイルドな色調だが、近づいて見ると赤青黄色をはじめとするマルチカラーの洪水である。
それぞれを見ると不思議なディテール満載だけど、俯瞰で見れば本格的なテーラードアイテムだと思えたので、袖丈をお店で採寸し長さを微調整した上でボタンを付けられるように、一定数量だけは袖口をアンフィニッシュで納品してもらった。
いま、自分で書いていてまさにそう思ったのだけれど、このJK10は「部分的に見た時と全体的に見た時とでイメージががらりと変わる」ジャケットだと思う。嘘っぽいんだか本格的なんだかよくわかんない。整い過ぎてはいないけれど、ガチャガチャに乱れているわけでもない。未来的にも見えるし、古典的だとも思える。
この、とらえどころのなさ。SADEの、影山さんの真骨頂だ。
誰もが二面性を持っている。どちらが本当かなんて無理やりに決める必要はなく、どちらも自分の面だと思えばいい。JK10はそんな顔をしたジャケットだと思う。
そうそう、ジャケットの仕上がりがあまりにもカッコよかったので、せっかくならばとJK10とセットアップで着用できる組下パンツの生産もお願いした。パンツの形はフレアシルエットのPT09をベースに幅広のウエストバンドを狭くし、よりすっきりと穿けるようになったと思う。
セットアップで着てもいいし、それぞれを単品で楽しむのも良い。最近ではなんだか世の中的にもテーラードアイテム推しのブランドが増えてきたような気もするけれど、SADEが作るテーラードアイテムには世間一般の流れとはまた一味違ったテーストを感じることができる。ショルダーラインや着丈やディテールや副資材やハンドメイドや○○年代調スタイルや生地の原産国や、そういった切り口の定型文。そういったものから解き放たれた自由さを感じることができる。
抽象的な地点からスタートしたこの企画が、不思議な存在感のジャケットに仕上がったとことはむしろ自然なことなのかもしれない。初めからはっきりとした答えなんてなかったのだから。このジャケットがかっちりしているのか、ふざけているのか。古典的なのか未来的なのか。このふたつボタンのディテールはどこから来たのか。そんなことはどうでもいい。
この感覚はJK10の1stサンプルを見たときに僕らが思わず感じた「……出来てる」にすべて集約されるような気がする。それは、河上が両手を使って空中に書いた「ひゅいっとしたジャケット」のフォルムを影山さんが具現化した瞬間だったのだ。
※SADE -JK10 -は1月4日から発売を開始します。
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