2022/07

ねじ27



僕が乗り換えに使う駅の前にはこのコラムに何度も登場しているいつもの店とは別に、24時間営業の居酒屋がある。その店は食券制で、退店時には食器類を返却カウンターに下げるというセルフサービスな居酒屋。(僕はやったことないけど)生ビールもサーバーからセルフサービスで注ぐシステムだ。人件費をかなりシビアに絞り込んでいるのだろう。メニューはどれも安価で、マズウマという感じ。僕はマズウマの中でも上位クラス(マズすぎない)メニューのみを注文しながら、利用時間帯が自在なこの店で軽く一杯ひとり飲みしたりする。

入店するとまず席を確保し、券売機で買ったチケットを注文カウンターに提出すると外国人のホールスタッフが席までドリンクとおつまみを運んでくれるこの居酒屋。安価な店なので文句は言えないのだけれど、飲んでいる最中に席を立ち、券売機でチケットを買い求め、いちいちカウンターへ提出しにいく動きはどうにもメンドクサイ。最初の一杯なんて五分もあれば飲み干してしまうので、着席後すぐに券売機まで行かなければならないのだ。ある時から僕は最初の発券時に「酎ハイ(プレーン)」というボタンを二回押して、ストック用もまとめ買いすることで席を立つ回数を減らすようになった。とはいえ、ジョッキの酎ハイ二杯などすぐに飲み終えてしまうため、二回目も二枚発券。二度の離席で四杯の酎ハイを頼む、というオペレーションが習慣化していった。

そんなある日。いつも通り「酎ハイ(プレーン)」のチケットを二枚注文カウンターに置いて着席していたところ、まずジョッキがふたつ届いた。それを飲み始めてすぐ、今度は外国人スタッフが「オマタセシマシター」と言って小ジョッキの「酎ハイ(プレーン)」を二つ持って僕のテーブルに来た。「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と僕が言うと、彼は「シツレイシマシタ」と言って小ジョッキを取り下げた。「別のテーブルの注文を誤って届けてしまったのかな」と思いながら引き続き飲んでいると、また先ほどの彼が今度は中ジョッキを二つ持って来た。「タイヘンシツレイイタシマシター」と言いながらプレーン酎ハイ二つを僕の前に差し出してくる。さっき、「違いますよ、これ」という僕の台詞を聞いて「サイズを間違えた」と思ったのだろうか。僕の本来のジョッキ二杯はとっくに届いている。一瞬「いや、だから頼んでないって」と言いかけたが「この酎ハイも処分するのだとしたら合計四杯も彼は廃棄することになる」と思い直して、黙って受け取ることにした。結果として僕のテーブルには四杯の中ジョッキが並ぶことになり、見た目で言うと完全なアル中状態である。期せずして、一度の発券で四杯の酎ハイを飲むことになった。

ふと「金の斧、銀の斧」というイソップ寓話を思い出した。「あなたが落としたのはこの金の斧ですか、それともこの銀の斧ですか?」と湖から突如現れた女神に尋ねられて「いえいえ、私が湖に落としたのはもっともっとショーも無くてザコい鉄の斧でゲス、へい」と正直に答えた木こりが「正直者のあなたには金と銀、両方の斧をどちらも差し上げましょう」と女神に褒められて、大いに儲かった。みたいな話だったと思う。ということは、もしかすると二回目の中ジョッキも「違います」と断っていれば、注文カウンターの奥から女神が出てきて「よろしい、正直者のあなたには酎ハイ(プレーン)小を二杯と酎ハイ(プレーン)中を二杯、合計四杯の酎ハイ(プレーン)をどちらも差し上げましょう」と展開し、合計六杯の酎ハイと女神に囲まれながら酒池肉林、よく見たら女神の頭には鉄の斧が刺さっていたりして。うわぁ、もう眉間のあたりまで食い込んでるよぉ、斧、血まみれ。女神笑ってる、こーわー-。と思ったところで目が覚めた。あー、やな夢見たな。やな夢見たことだし、気を取り直して「酎ハイ(プレーン)」でも飲もうか、と券売機に向かい「酎ハイ(プレーン)」ボタンを押したら「オマタセシマシター」って右手に金の斧、左手に銀の斧を持った外国人スタッフが僕の席までやってきて「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と断ったところ「正直者のあなたには、このマグロ切り落としと揚げ出し豆腐を差し上げましょう」って、いやこれどっちもこの店の下位メニューじゃん、マズいんだよなぁ。と思いながらテーブルに並んだ二品をじっと見つめているところでまた目が覚めた。沈み込むばかりでちっとも浮かび上がらない、インセプション、なんだよこれ何層目?いったい今、酎ハイ(プレーン) を何杯飲んだんだっけ、いや、まだ一杯も飲んでないのか。一度の発券で複数の飲み物を頼むと、なんだかよく分かんなくなっちゃうので、今度から酎ハイをおかわりするときには一杯ごとにレモンスライスを足してもらって、今何杯飲んだのかを数えることにしよう。

というパラレル。









鶴田 啓

ねじ26


つい昨日のこと。LINEで知人宛にメッセージを書いていて「きゃ」と入力した瞬間に予測変換(サジェストワード)候補で「キャサリン・ハムネット」という単語(というか呼称)が出てきた。今までに「キャサリン・ハムネット」の名前をLINEで変換したことなんてあったかな…。仮にあったとしても「・(なかぐろ)」なんかわざわざ使わないはずだ。もちろん、キャサリン・ハムネット女史は世界的なデザイナーだし、知名度が高いことも分かっているけれど。Lineの「きゃ」で出ます?普通。と、なんとなく予測変換のアルゴリズムが気になってしまい、メッセージ作成はそっちのけ、僕は色んなデザイナーの名前の前半部分を入力しながら予測変換候補の現れかたを見るというつまらない実験を仕事帰りの電車内で始めてしまった。

同じ英国人女性デザイナーとして真っ先に思いついたので、試しに「まーか」と入れてみたらすぐに「マーガレット・ハウエル」が出てきた。なるほど。ヴィヴィアン・ウエストウッドは「ヴィ」の時点では出てこず、「ヴィヴ」と入れたら出てきた。他、女性デザイナー部門ってことで「そに」と入力してみたら、アルファベットで「SONIA RYKIEL」が出てきた。「ヴィヴ」は対抗馬がほとんど存在しないとして、「きゃ」なんて幾らでも候補がありそうなものなのに「キャサリン・ハムネット」は「キャッツアイ」よりも上か。「SONIA RYKIEL」に至っては「SONY」より上だった。なぜだろう。

ちなみに「まるた」と入れてみたが「マルタン・マルジェラ」の名前は出てこず、代わりに「マルタイラーメン」「丸出し」「マルタ島」「丸大食品」「丸太町かわみち屋」など、僕が検索・入力をしたこともないような単語が続々と現れた。「かわみち屋」は京都にある和菓子屋だった。アントワープの恨みをなんとか晴らそうと「どり」を入れてみたが、案の定「ドリカム」や「努力家」「度量」「ドリフト」に押されて、期待の「ス・ヴァン・ノッテン」は姿を見せない。さらに「あんど」の場合、「&」「アンドロイド」などに加えて「安藤サクラ」「安藤美姫」「安藤優子」「安藤忠雄」といった安藤勢に押されまくり、果ては「アンドレス・イニエスタ・ルハン」という「通常はイニエスタな人」にまで負けて「アン・ドゥムルメステール」は沈黙したままだった。

こうしてみると、必ずしも僕の携帯自体(android)が一方的にファッションに毒されているわけではなさそうだが、だとしてもアルゴリズムの謎は深まるばかり。一時期、Google検索で「東京 天気」「東京 コロナ」を押しのけて「東京リベンジャーズ」が筆頭候補に挙がる時期があって、僕は「いや、知りたいのは天気だから」とイラついていたことを思い出した。裏で大きなお金や人海戦術が動いているのか。SEO戦略は今や当たり前なので、それが良いとか悪いなんてことは今さら思わない。その一方では「不自然すぎて逆に悪目立ちしてしまうパターンもあるんじゃないのかなぁ」と思ったりする。

MANHOLEはSEO戦略に対して意識的に取り組んできたわけでもないし、そもそも僕らは「不特定多数の人に割り込みで無理やり認知してもらうブランド」よりも「少数でも特定の人にふと顔を思い出してもらえるような店」でありたいと常々思っている。人は人、自分は自分ってことでいいのだ。世界中に広がる大海原になるためには勿論強い力が必要だろう。しかし「みんながたまに水汲みに来る井戸」みたいな存在も悪くない気がしている。

そうそう、Google検索で「CLASS 堀切」と堀切さんの名前を探すと、前職時代の僕が3年前に書いた「MANHOLEの河上くんとCLASSの堀切さん」というコラムがTOPに出てくる。戦略的に動かなくても、調べる人って意外といるんだな。山手線に揺られながら、何事も自然にやれるのが一番いいなと思った。






鶴田 啓

ねじ25

 

 僕はエビ、カニなど甲殻類の食べ物が嫌いだ。厳密に言うと、味は好きなんだけど殻を剥くのがメンドクサイ。 寄せ鍋のエビや蟹汁のカニなど、汁に浸っている甲殻類があれば隣の人に「食べていいよ」と言って譲ってしまう。 逆に、 誰かが代わりに殻を剥いてくれたカニの身が目の前のボウルに山と盛られていたらエンドレスで食べ続けるだろう。同じ理由でカニちらしやエビフライは食べる。何かとてつもない贅沢を言っているような気になってきたが、ともかくこれはすべて「食べたい < メンドクサイ」という感情から派生するものだと思っていた。しかし。

 この前、居酒屋で焼き魚(ホッケだったか、サバだったか)を食べていて、ふと思った。「焼き魚の身を骨からはずして食べることはメンドクサイと思っていないな、俺」と。むしろ「頭部や背骨についているわずかな身を執拗に探しながら綺麗に食べる」というチビチビした工程そのものを楽しんでいるようなフシさえある。あれ、なんでだろ?「食べたい > メンドクサイ」に逆転してるじゃん。疑問が湧き出す泉の所在を追求すべく、頭の中で甲殻類を食べるときの自分の動きと焼き魚を食べるときの自分の動きを映像化し、一連の流れを脳内でコマ送りと逆再生にかけながら検証してみた。右手に持ったチューハイのジョッキを傾けながら。

 まず、焼き魚を食べるとき。背中側とお腹側では油の乗り具合が違うので、魚の種類によっては食べる順番をなんとなく考えながら(サンマの場合はハラワタを食べるタイミングなど)バランスを取り、骨から身をはずしていく。合間合間で頭部の周りにある眼肉やほほ肉などをほじったりもする。口に運ぶ。傍らに置いてあるチューハイを一口飲む。うまい。ボウルに盛られたカニの身を食べるとき。箸でおもむろに剥き身の塊をダイナミックにつまみ、口に運ぶ。傍らに置いてある白ワイン(場合によっては日本酒)を一口飲む。うまい。いまのところ、何ら問題ないようだ。甲殻類を剥きながら食べるとき。エビやカニの殻をはずしていく。カニ用のスプーンなどで身をほじくり出しながら口に運ぶ。うまい。傍らに置いてある…ハイ、ここで一時停止。

 そこだ。

 手に掴んだエビの尻尾、またはカニの殻。汁っぽい。びしょびしょだ。おしぼりで手を拭いてからじゃないと、グラスを持てない。僕がメンドクサイと感じている瞬間はそこにあった。おそらく、僕はつまみが喉を通ったその後、味の余韻があるうちに間髪を入れず酒を飲みたいのだ。そういった一連の流れの妨げになるステップとして「逐一、おしぼりで手を拭く」という行為を邪魔に感じている。つまり僕は甲殻類を剥いて食べるのが嫌いなわけではなく、手がびしょびしょになるのが嫌いなだけだった。世界の山ちゃんで、手羽先を積極的に食べない理由も同じだろう。

 しかし多少乱暴な言い方をすれば、基本的に人類は皆めんどくさがり屋である。だからこそ、様々なことを効率化・スピードアップするため、あらゆる技術に革新を求めてきた。おかげで、今や大抵のことは携帯電話ひとつ、つまり掌の上で済ませられるようになった。ならば、僕の「メンドクサイ」の中にこそ活路がある。チャンス到来、一念発起。こうして僕はこの後、5年の歳月と1200万の資金をかけて「甘辛だれの手羽先に手を触れないで骨から肉をはずすことが出来る剣山状の食器」や「カニの殻をメキメキと潰しながら身だけを押し出して口に運ぶことが出来るハサミ」などの便利アイテムの開発に身を捧げるも、ちっとも需要がなくて没落、居酒屋のカウンターでカニカマを箸でつまみながら安チューハイのジョッキを傾けて「へへへ」と薄ら笑みを浮かべる斜陽の人生を送ることになるだろうとは、まだ知る由もなかった。

殻ぐらい、自分で剥け。





鶴田 啓

ねじ24



 このコラムを定期連載するようになったからネタ探しをしている訳ではないのだけれど、僕は居酒屋でひとり飲みする時はついつい人間観察に耽ってしまうクセがある。観察とは言え、他の客をあからさまにジロジロと見つめるのは失礼なので、視線は目の前にある自分のジョッキグラスやメニュー表を貼り付けてあるカウンターの壁を見つめたままで聴覚は近隣の客に向けてなんとなく開いている状態。イヤホンを付けて動画を観たり音楽を聴いたりはせずに、ガヤガヤとした居酒屋の空気を浴びるようにキャッチしている。

 先日、いつものように行きつけの居酒屋へ吸い込まれた夜の話。僕が通された席の二つ隣に座っていた酔客は大きな声でカウンター内にいる焼き場の大将・藤田さんと話していた。彼の方を横目でちらりと一瞥すると、その客は体にぴったりフィットしたポリエステル素材の黒いTシャツ、adidasの黒いトラックパンツ(スリム)、右腕にはROLEXの金時計という出で立ち。Tシャツの袖口からはかなりビルドアップされた太い腕が二本にょきりと生えている。日サロに通っているのか全身は小麦色、頭は3㎜以下のスキンヘッド。眼光は細く鋭く、声は野太い。40歳前後?いわゆる輩(やから)ルックの要素、ほとんどすべてを兼ね備えていた。

 しかれども、この輩。店の常連客であるらしく(僕は初見)、藤田さんと話す口ぶりはごくごく親しげ。僕は彼との間に空席をひとつ挟んだ状態、50㎝の距離からなんとなく彼の挙動を間接視野でぼんやりと眺めながらチューハイのジョッキをあおっていた。ふと輩がホールスタッフの方に手を挙げて「チューハイ、おかわり」の合図。アジア系外国人スタッフが駆け寄り、空になったジョッキを受け取る。受け取ったスタッフに向けて「あ、ジョッキはそのままでいいからレモン(スライス)一枚足しておいて」と付け加えていた。ここのチューハイにはジョッキの中にレモンスライスが一枚放り込んであるのだが、「グラスそのままでレモン足しておいて」とは、もう少し酸味や香りが欲しいということか?などど考えている僕の横で、輩は藤田さんに向かって話し出した。「いやー、今の子、新入りでしょ?言っとかないと(俺のやり方が)分からないかなー、と思って」その後も彼は自分の流儀というか作法というか、いつものやり方について話し続けた。横で聞いていた僕が得た情報をまとめると、以下のような感じとなる。「チューハイにはレモンスライスが一枚入っている。二杯目をおかわりするときはジョッキはそのままで、中身と一緒にレモンスライスを一枚足してもらう。おかわりするたびに、レモンスライスを足す。そうすることで今、自分が何杯目のチューハイを飲んでいるのかを把握している。新入りのホールスタッフに頼むときは、その作法を自ら伝えるようにしている。ここのチューハイは濃いから(たしかに濃いのだ)四杯以上飲むと確実にベロベロになるので、そのようにして自己管理している」

 以上のような内容を得意げに話し終えると、続けて輩はこう言った。「いやー、この前なんかさー、新入りの子(マレーシア人)が気を利かせて、おかわりにレモンスライスを二枚入れてくれたことがあってさー、俺、途中から自分が何杯目を飲んでるんだか分かんなくなっちゃってさー」僕は横でその会話を聞きながら「たしかに、レモンスライス足してと言われたら余計にサービスしたくなるのかも」と思った。そして、同時にこうも思った。「つーか、この店はカウンター席の目の前に自分卓の伝票が置いてあるんだから、杯数を数えたいなら伝票に書いてあるチューハイ×正の字を数えなよ」

 この疑問を受けて、僕は二つの仮説を立ててみた。①この輩は伝票の存在には気付いているのだけれど、スタッフとコミュニケーションを取りたい寂しん坊であるが故に独自ルールの伝達を口実にして絡んでいる。②彼は大した常連ではない。事実、この店のカウンターに1000回以上座っている僕が彼を見たのはこの夜が初めてだった。常連なら普通、目の前の伝票に気付くでしょ。というか、チューハイの濃さに慣れろよ。

 いずれにしても、僕はなんだかこの輩が可愛らしい存在に思えてきて、なんとなく左側にいる彼の方を見た。彼も僕の方を見ていた。お互いがなんとなく話しかけようかな、と思ったであろうその瞬間、0.005秒。ふたりの間にあった空席の丸椅子に「ご新規、一名様~!」のコールと共に、新たな男性客が腰かけて二人の視線は突如絶たれた。あの時、確かに輩はこちらに話しかけようとしていたし、口は「よく来るんですか?この店」というセリフの初めの母音「お」の形をしていた。これは、①確定だな。彼。

 その後、二人は間に新規客を挟んだままで無言の時間を過ごし、しばらくすると輩は伝票を手に持って会計を済ませると、肩を丸めて店を出ていった。彼のジョッキの中にはレモンスライスが五枚散らばっていた。君の名前で僕を呼んで。






鶴田 啓