2022/08

ねじ30



 池袋。いつもの店。夏の終わりが見えてきた盆明け、平日の16時頃。

 入り口付近のカウンターに座ってチューハイを飲んでいると、70代後半くらいの爺さんがのれんをくぐって入店。常連客らしい。爺さんに気づいた藤田さんが「おー-、〇〇さん久しぶりー。でも今日はレバレアできないんだよー」と声をかける。「レバレア」とは「やきとんのレバーをレア焼き」の意味で、仕入れのタイミングや素材の鮮度によっては提供できないオーダーだ。いいよいいよ、しかたない。と言いながら爺さんは僕の二つ隣の席に座った。自動的に生ビールが運ばれてくる。「レバレアと生ビール」が爺さんにとってのいつもどおり、ということらしい。

 焼き場担当の藤田さんが「〇〇さん、(レバレアは出せないんだけど)焼き物はどうする?」と尋ねると、爺さんは「とりあえず、かんぱち刺し」と答えた。しばらくして再び「焼き物どうする?」と藤田さん。藤田さんは焼きたくて仕方ない。「あぁ、うん」と爺さん。ベトナム人のホールスタッフ・ミスタが横から「まだ考えてるところダヨ(だから、催促しないであげて)」とさりげなく助け船を出す。彼女はいつも気が利く。しかし藤田さんは「気分変えてほっけでも焼くか?レバレア以外は魚しか食わねーんだし、いつも」と続け、爺さんは「まぁ、ちょっと待ちなよ、刺身頼んだから」と返す。

藤「それか、厚揚げでも焼くかい?」
爺「あー、厚揚げねぇ…(と言いながらビールを飲む爺さん)」
藤「厚揚げにするかい?」
ミ「まだ考えてるところダヨ」
爺「慌てなくても(そのうちに)頼むよ、いま考えてる」
藤「残された時間、少ないんだろ?」

笑いながら発せられた藤田さんの優しいブラックジョークに、僕はこの爺さんの余命がどれほどのものなのか気になってしまい、チラリと横目で顔を見た。まぁ、なんというか、のんびりとした表情でジョッキをゆっくりと傾けている爺さんの横顔が見えた。病気かもしれないし、病気じゃないかもしれない。しかし、この酒場に漂うおおらかな空気感。冗談が冗談として機能している。

一瞬、坂本慎太郎の歌が頭をよぎる。

僕には時間がない。
君には時間がある。

毎日が昨日とは違う新しい一日。そんな感じに聴こえるこの歌が僕は大好きだ。しかし、いざ本当に時間が無くなってしまったとき、果たして自分は残された時間をどのように過ごすだろうか?目的のもの(レバレア)が手に入らなかったとして、代わりの品を血眼で探したりすることのないおおらかな人たちの周りにだけ流れる穏やかな空気に包まれながら生きていくのも悪くないような気がした。だからこそ、笑って言えるような気がする。

そうだ、今日会おうよ。

って。






鶴田 啓

ねじ29


昔から記憶について考える。

10歳の時に暗記したと思われる古典落語「寿限無」の長い長いフルネームや、11歳のときに読んだビクトル・ユーゴーの(というかレ・ミセラブルの、ジャン・バルジャンの墓に刻まれた)四行詩は30年以上経っても何故だかいまだに覚えていたりする、それ。 記憶。

(映画エターナルサンシャインでもそうだったけれど)困ったら消せばよい、というほど単純なものではないし、クリスチャン・ボルタンスキーも塩田千春もゲルハルト・リヒターも、もはやアフリカのマスクも日本語も(場合によっては何世代にも渡る長い年月をかけて)真っ白いキャンバスの上に絵の具を重ねて重ねて形作られるような、それ。記憶。一枚二枚三枚と、重ねられたレイヤーを剥がしていけば、結局根底にある色は同じだったりして。人が真っ白の上に重ねていく色は組み合わせに人それぞれの独自性があるだけで本質的にはそれほど変わらないような気がする。何か特定の出来事を記憶する瞬間、24色入り絵の具の中からどの色を選び、どの色と混ぜて、どのような筆致で重ねていくのか。あるいは、重ねていく途中で嫌になっちゃって真っ白に塗り潰してリセットしようと思っても下地にある積み重ねられた色のレイヤーまでは消し去ることができないので、結局のところ、人は記憶の上に記憶を乗せて続けているにすぎない。記憶の上に記憶を重ねる瞬間、乗せる色の選び方はその時々で自分が置かれている状況や状態によって大きく左右されると言っていい。レ・ミゼラブルの記憶にしたって、現在になって読み返してみればきっと11歳当時とは全く異なる色に感じるのだろうが、それはこの30年の間に僕の中で記憶に記憶を重ね続けてきた結果の意図せぬ改ざんだろう。

「あのとき○○で食べたあのラーメンの味」や「昔、抜群にカッコいいと思ったあの映画」が時間の経過とともに色褪せてしまっていることに気づく、という経験は誰にでもあると思う。それは「実際にその店の味自体が落ちてしまった」のかもしれないし、「年齢を重ねるにしたがって自分の味覚が肥えた」ということもできる。状況や状態のマジックによって過去の記憶が美化されればされるほど、そのギャップは大きい。「なぜ、あの頃はこの味にこんなに美しい色を塗ってしまったのか」と不思議に思うこともあるだろう。過去の記憶は、遠くなればなるほどドラマチックに語られやすい。「若い頃は金がなかったから、毎日ここのラーメンを食っていた、美味かったんだよな~」という記憶も、実際には週二回のペースだったかもしれないし、もしかすると僕がレ・ミゼラブルを読んだのは12歳の頃だったかもしれない。

くるりの楽曲で「ばらの花」というタイトルのものがあるが、サビ部分の「ジンジャーエール買って飲んだ、こんな味だったっけな」というフレーズを指して、又吉直樹は「もはや自由律俳句だ」と言った。変わったのは自分自身なのか、それともジンジャーエールの方なのか。

記憶をその当時のままにパッケージするために百万言を尽くして綿密に記録しようとも、きっとそこには無意識のうちに「捏造」という肉が付いていくことだろうし、それが悪だとは決して思わない。意図する/しないに関わらず、すべての人には状況や状態があるから。

「分かりやすさ」が求められる今の時代に、余白のある最小限の言葉から最大限の想像を膨らませるという行為がどの程度必要とされるのか僕には分からないが、どっちみち記録ベースの記憶から当時のことを正確にトレースすることはなかなか難しいのだろう。評価・評論・分析などは一見すると「客観的な記録」だと思われがちだが、筆者本人の状態や状況を踏まえた「主観的な記憶の集積」だとわきまえながら受け入れる方が僕の性には合っている。実際に、このコラムそのものも「捏造された僕の記憶」の上に成り立っている、砂の城、もしくはジンジャーエールの泡みたいなものだと思う。





鶴田 啓

ねじ28




前回と同じ食券制の居酒屋にて。

例えば牛丼屋のように初めに一度発券するだけで完結する店ならまだしも、複数回の注文を繰り返しながら一時間以上は滞在する居酒屋において、おかわりのたびに席を離れて券売機の前に行きチケットを買い求める行為はどう考えてもめんどくさい。 その、めんどくささのおかげか(?)一度にまとめてドリンクチケットを複数枚購入するという術を僕は身に着けたことは前回にも書いた通り。それはそれ。ともかく、食券制に慣れてさえしまえば(人件費が安く抑えられているその分)24時間安く気軽に飲むことが出来るのだから仕方ない、と常々思っている。

そんなある日、いつもどおりチューハイのジョッキを傾けていたら、並びのカウンター席からお客同士の会話が聞こえた。「(店内奥の方を指さしながら)あっちの方に注文カウンターがあるから、そーそーそのチケットを…いや、そのチケットにテーブル番号を書いて、うん、テーブル番号は席の目の前に書いてあるから。そう、その赤いボールペンで、チケットに15番って書いて奥の注文カウンターに…」と、この店のシステムを丁寧に説明する常連らしき老人。その説明を受けているのはお一人様の若者で、手に数枚のチケットを持ったままで発券機の前に佇んでいた。どうやら初来店らしい。若者は無事に注文できたらしく、老人の近くに着席するのが見えた。

しばらくすると、ふたたび二人(というか主に老人)の声が聞こえてきた。「いや、いーいー。大丈夫大丈夫。要らないって。俺はもう帰るから」という内容からして、どうやら若者は「先ほどは親切に(注文の仕方を)教えてくれてありがとうございます」とお礼の意味を込めてドリンクチケットを一枚老人に渡そうとしたようだ。老人の方は「大丈夫、俺はもう帰るから」と若者のチケット譲渡を頑固に断り抜き、そのまま自分の席で飲み続けていた。

横でそれを観ていた僕は「なるほど、チケットにはそんな使い方もあったか」と思った。チューハイ一杯分のチケットならば250円。金額的にも大き過ぎないし、なにより現金を渡すような生々しさがない。実にスマートなやり方だ。その日のうちに使い切らなくても次回来た時に使うという手もある。バブル時代のショットバーで女性を口説くわけでもないので「あちらのお客様からです」と相手が頼んでもいないチューハイを店員に持って行かせるわけにもいかない。そもそも相手はお爺さんだし。食券制の店にはこんなメリットもあったか。

みたいなことを思いながら僕が飲んでいる間も老人は一向に席を立たない。その後も何度か老人は券売機の前に行き、チケットを買っていた。つまり老人は「俺はもう帰るから」と言い張ってカッコつけたわけだ。実に日本人らしい奥ゆかしさを感じる光景だった。

翌日の出勤中、銀座線に乗っていたら白髪のおばあさんが乗ってきたので席を譲った。「まぁまぁご親切にありがとうございます」と言って老女は席に座った。一分後、次の駅で僕が降りようとすると、おばあさんは席を立ち「本当にご親切にありがとうございます」と、こちらに向かって深々とおじぎをしているのが見えた。彼女も同じ駅で降りたようだ。もしかすると「次で降りるので大丈夫です」と僕が譲ろうとした席を断ることもできたのかもしれないが、公衆の面前で相手の申し出を断るよりもすんなりと受け入れた方がスマートだと思った可能性もある。

数年前、ベビーカーも抱っこ紐も持たず当時3歳の娘と出かけた時、帰り道に娘が寝てしまった。仕方なく抱っこしたままバスと電車を乗り継いで帰ったのだが、その間約一時間。およそ15㎏の幼児を両腕に抱え、吊り革にも掴まれない父親には誰も席を譲ってくれなかった。「マタニティマーク」や「白髪」「松葉杖」といった直接的なビジュアルよりも「子供を抱っこする父親」はヘルプサインとしては弱いのかもしれない。でもマジで重たいんだよ…。15㎏を一時間。いずれにしても、譲り合いは想像力。 たまにはスマホから視線をはずして、周りを見渡していたいなと思った。





鶴田 啓