陰&影
FRANK LEDERが正規で日本に輸入され始めたのは2003-04年秋冬、つまり今から20年以上前のことだったと記憶している。前職時代にそのコレクションを初めて見た時の衝撃はいまもなんとなく自分の中に残っていて、それは何が?って、勿論プロダクトそのものも超・変態だったけれどイメージルックが痺れるくらいカッコよかったんだと思う。
こんにちは、鶴田です。
2003-04年秋冬シーズン、FRANK LEDERのコレクションテーマは「Pay Attention(注意しろ)」だった。ハイコントラストのモノクロで撮られたドイツのアウトローたちは、囚人服を模したようなストライプ柄が顔料でプリントされたジャケットやパンツを身に纏い盗品がパンパンに詰まったズタ袋を肩に担いで、今まさに暗闇の中から姿を現した。ブラック&ホワイトの隙間にうごめく、影。
世界8着限定、と記されたチェコ製のヴィンテージファブリック。(限定数はこの際問題ではないけれど)普通ではまず見かけないような綿麻のチェック生地が、FRANK LEDERのコレクションではおなじみのオールドスタイルシャツに国籍年代不明の独自性を与えている。
ブラウンベースのコットン/リネンにブルーグレーのようなグレーブルーのようなかすれたチェックが二種、折り重なるように走っている。台襟、前立て、剣ボロはブルーグリーンのようなグリーンブルーのようなコットン/リネンでパネル状に切り替えられている。
闇の中にぼんやりと浮かび上がるかのような、独特の生地。こういった陰影にこそ、僕はFRANK LEDERの真骨頂を見る。
デザインそのものは非常にあっさりとしたオールドスタイルのシャツ。しかし、FRANK LEDERの中にある光と影、それを反映するかのように陰影に富んだファブリックが「Pay Attention」から20年を経た今も、このブランドをオリジナルな存在たらしめている。
光の角度が変わった。
このシャツの着用写真を撮るために、いつもは明るく日が差したロケーションへ移動したところ、そこは真っ暗だった。光の角度が変わり、ビル影のなかにすっかり飲み込まれていた。ゆうとと二人で、そこから少しだけ離れた場所に移動して、写真を撮り直した。FRANK LEDERのシャツに、細い木陰が幾つも重なっていた。
電線の影、ゆうと、ゆうとの影。
ウォッシュアウトしたブルーデニム、着古されたブラウンスエード。
静かに浮かび上がるチェック。
光の中を移動していく、ゆうと。
そして、ふたたびビル影の中へ。
1933年に書かれた谷崎潤一郎による随筆「陰影(陰翳)礼賛」は、まだ電灯すらもなかったころに日本が持ち得ていた現代とは違った感覚の美意識、生活と自然が一体化した風靡について論じ、考察している。谷崎のこの随筆は、いまなお日本的デザインを再考する上で引用されることも多い。
「陰影礼賛」を執筆したころの谷崎潤一郎は関東大震災から逃れて地方で暮らしていたが、その一因として震災後の東京で日本古来の情緒が失われていくことへの不満も大きかったという。晩年まで続く谷崎の古典回帰時代の中核をなす本作には彼の伝統主義的思想が反映されている。
失われていく情緒、失われていく陰影。
2000年代の初頭。ピカピカのモードブランドを光とするならば、影の中から突然現れたかのようなデザイナー・FRANK LEDER。ドイツの歴史が持つ陰影をひたすらに礼賛し、古典回帰主義の作家だと思われてしまいがちな彼だが、FRANKもまた光の角度が変わるたびに動き続けてきたデザイナーである。
今日の午前中、僕とゆうとが光と影の中を移動しながらスポットを探ったように、FRANKも探しているはずだ。
情報は不変だが、人間は常に変わり続ける。
陰影の中から古典と前衛を携えて現れたデザイナー・FRANK LEDERもまた変わり続ける人間の一人である。「FRANK LEDERが作る洋服は、いい意味で変わらない」と決めつけてしまいがちな現代の目。情報網。しかし「Pay Attention(注意しろ)」。古いチェコ製の生地で仕立てられたこのシャツの中にある、陰影の機微を見逃すな。そのために、僕らは今日も動き続けていく必要がある。
MANHOLEの店内に一着だけ並べられたこのシャツは、冬から春にかけて変わり続ける光を静かに反射しながら静かに待っている。今を。
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鶴田 啓
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