column

ねじ29


昔から記憶について考える。

10歳の時に暗記したと思われる古典落語「寿限無」の長い長いフルネームや、11歳のときに読んだビクトル・ユーゴーの(というかレ・ミセラブルの、ジャン・バルジャンの墓に刻まれた)四行詩は30年以上経っても何故だかいまだに覚えていたりする、それ。 記憶。

(映画エターナルサンシャインでもそうだったけれど)困ったら消せばよい、というほど単純なものではないし、クリスチャン・ボルタンスキーも塩田千春もゲルハルト・リヒターも、もはやアフリカのマスクも日本語も(場合によっては何世代にも渡る長い年月をかけて)真っ白いキャンバスの上に絵の具を重ねて重ねて形作られるような、それ。記憶。一枚二枚三枚と、重ねられたレイヤーを剥がしていけば、結局根底にある色は同じだったりして。人が真っ白の上に重ねていく色は組み合わせに人それぞれの独自性があるだけで本質的にはそれほど変わらないような気がする。何か特定の出来事を記憶する瞬間、24色入り絵の具の中からどの色を選び、どの色と混ぜて、どのような筆致で重ねていくのか。あるいは、重ねていく途中で嫌になっちゃって真っ白に塗り潰してリセットしようと思っても下地にある積み重ねられた色のレイヤーまでは消し去ることができないので、結局のところ、人は記憶の上に記憶を乗せて続けているにすぎない。記憶の上に記憶を重ねる瞬間、乗せる色の選び方はその時々で自分が置かれている状況や状態によって大きく左右されると言っていい。レ・ミゼラブルの記憶にしたって、現在になって読み返してみればきっと11歳当時とは全く異なる色に感じるのだろうが、それはこの30年の間に僕の中で記憶に記憶を重ね続けてきた結果の意図せぬ改ざんだろう。

「あのとき○○で食べたあのラーメンの味」や「昔、抜群にカッコいいと思ったあの映画」が時間の経過とともに色褪せてしまっていることに気づく、という経験は誰にでもあると思う。それは「実際にその店の味自体が落ちてしまった」のかもしれないし、「年齢を重ねるにしたがって自分の味覚が肥えた」ということもできる。状況や状態のマジックによって過去の記憶が美化されればされるほど、そのギャップは大きい。「なぜ、あの頃はこの味にこんなに美しい色を塗ってしまったのか」と不思議に思うこともあるだろう。過去の記憶は、遠くなればなるほどドラマチックに語られやすい。「若い頃は金がなかったから、毎日ここのラーメンを食っていた、美味かったんだよな~」という記憶も、実際には週二回のペースだったかもしれないし、もしかすると僕がレ・ミゼラブルを読んだのは12歳の頃だったかもしれない。

くるりの楽曲で「ばらの花」というタイトルのものがあるが、サビ部分の「ジンジャーエール買って飲んだ、こんな味だったっけな」というフレーズを指して、又吉直樹は「もはや自由律俳句だ」と言った。変わったのは自分自身なのか、それともジンジャーエールの方なのか。

記憶をその当時のままにパッケージするために百万言を尽くして綿密に記録しようとも、きっとそこには無意識のうちに「捏造」という肉が付いていくことだろうし、それが悪だとは決して思わない。意図する/しないに関わらず、すべての人には状況や状態があるから。

「分かりやすさ」が求められる今の時代に、余白のある最小限の言葉から最大限の想像を膨らませるという行為がどの程度必要とされるのか僕には分からないが、どっちみち記録ベースの記憶から当時のことを正確にトレースすることはなかなか難しいのだろう。評価・評論・分析などは一見すると「客観的な記録」だと思われがちだが、筆者本人の状態や状況を踏まえた「主観的な記憶の集積」だとわきまえながら受け入れる方が僕の性には合っている。実際に、このコラムそのものも「捏造された僕の記憶」の上に成り立っている、砂の城、もしくはジンジャーエールの泡みたいなものだと思う。





鶴田 啓

ねじ28




前回と同じ食券制の居酒屋にて。

例えば牛丼屋のように初めに一度発券するだけで完結する店ならまだしも、複数回の注文を繰り返しながら一時間以上は滞在する居酒屋において、おかわりのたびに席を離れて券売機の前に行きチケットを買い求める行為はどう考えてもめんどくさい。 その、めんどくささのおかげか(?)一度にまとめてドリンクチケットを複数枚購入するという術を僕は身に着けたことは前回にも書いた通り。それはそれ。ともかく、食券制に慣れてさえしまえば(人件費が安く抑えられているその分)24時間安く気軽に飲むことが出来るのだから仕方ない、と常々思っている。

そんなある日、いつもどおりチューハイのジョッキを傾けていたら、並びのカウンター席からお客同士の会話が聞こえた。「(店内奥の方を指さしながら)あっちの方に注文カウンターがあるから、そーそーそのチケットを…いや、そのチケットにテーブル番号を書いて、うん、テーブル番号は席の目の前に書いてあるから。そう、その赤いボールペンで、チケットに15番って書いて奥の注文カウンターに…」と、この店のシステムを丁寧に説明する常連らしき老人。その説明を受けているのはお一人様の若者で、手に数枚のチケットを持ったままで発券機の前に佇んでいた。どうやら初来店らしい。若者は無事に注文できたらしく、老人の近くに着席するのが見えた。

しばらくすると、ふたたび二人(というか主に老人)の声が聞こえてきた。「いや、いーいー。大丈夫大丈夫。要らないって。俺はもう帰るから」という内容からして、どうやら若者は「先ほどは親切に(注文の仕方を)教えてくれてありがとうございます」とお礼の意味を込めてドリンクチケットを一枚老人に渡そうとしたようだ。老人の方は「大丈夫、俺はもう帰るから」と若者のチケット譲渡を頑固に断り抜き、そのまま自分の席で飲み続けていた。

横でそれを観ていた僕は「なるほど、チケットにはそんな使い方もあったか」と思った。チューハイ一杯分のチケットならば250円。金額的にも大き過ぎないし、なにより現金を渡すような生々しさがない。実にスマートなやり方だ。その日のうちに使い切らなくても次回来た時に使うという手もある。バブル時代のショットバーで女性を口説くわけでもないので「あちらのお客様からです」と相手が頼んでもいないチューハイを店員に持って行かせるわけにもいかない。そもそも相手はお爺さんだし。食券制の店にはこんなメリットもあったか。

みたいなことを思いながら僕が飲んでいる間も老人は一向に席を立たない。その後も何度か老人は券売機の前に行き、チケットを買っていた。つまり老人は「俺はもう帰るから」と言い張ってカッコつけたわけだ。実に日本人らしい奥ゆかしさを感じる光景だった。

翌日の出勤中、銀座線に乗っていたら白髪のおばあさんが乗ってきたので席を譲った。「まぁまぁご親切にありがとうございます」と言って老女は席に座った。一分後、次の駅で僕が降りようとすると、おばあさんは席を立ち「本当にご親切にありがとうございます」と、こちらに向かって深々とおじぎをしているのが見えた。彼女も同じ駅で降りたようだ。もしかすると「次で降りるので大丈夫です」と僕が譲ろうとした席を断ることもできたのかもしれないが、公衆の面前で相手の申し出を断るよりもすんなりと受け入れた方がスマートだと思った可能性もある。

数年前、ベビーカーも抱っこ紐も持たず当時3歳の娘と出かけた時、帰り道に娘が寝てしまった。仕方なく抱っこしたままバスと電車を乗り継いで帰ったのだが、その間約一時間。およそ15㎏の幼児を両腕に抱え、吊り革にも掴まれない父親には誰も席を譲ってくれなかった。「マタニティマーク」や「白髪」「松葉杖」といった直接的なビジュアルよりも「子供を抱っこする父親」はヘルプサインとしては弱いのかもしれない。でもマジで重たいんだよ…。15㎏を一時間。いずれにしても、譲り合いは想像力。 たまにはスマホから視線をはずして、周りを見渡していたいなと思った。





鶴田 啓

ねじ27



僕が乗り換えに使う駅の前にはこのコラムに何度も登場しているいつもの店とは別に、24時間営業の居酒屋がある。その店は食券制で、退店時には食器類を返却カウンターに下げるというセルフサービスな居酒屋。(僕はやったことないけど)生ビールもサーバーからセルフサービスで注ぐシステムだ。人件費をかなりシビアに絞り込んでいるのだろう。メニューはどれも安価で、マズウマという感じ。僕はマズウマの中でも上位クラス(マズすぎない)メニューのみを注文しながら、利用時間帯が自在なこの店で軽く一杯ひとり飲みしたりする。

入店するとまず席を確保し、券売機で買ったチケットを注文カウンターに提出すると外国人のホールスタッフが席までドリンクとおつまみを運んでくれるこの居酒屋。安価な店なので文句は言えないのだけれど、飲んでいる最中に席を立ち、券売機でチケットを買い求め、いちいちカウンターへ提出しにいく動きはどうにもメンドクサイ。最初の一杯なんて五分もあれば飲み干してしまうので、着席後すぐに券売機まで行かなければならないのだ。ある時から僕は最初の発券時に「酎ハイ(プレーン)」というボタンを二回押して、ストック用もまとめ買いすることで席を立つ回数を減らすようになった。とはいえ、ジョッキの酎ハイ二杯などすぐに飲み終えてしまうため、二回目も二枚発券。二度の離席で四杯の酎ハイを頼む、というオペレーションが習慣化していった。

そんなある日。いつも通り「酎ハイ(プレーン)」のチケットを二枚注文カウンターに置いて着席していたところ、まずジョッキがふたつ届いた。それを飲み始めてすぐ、今度は外国人スタッフが「オマタセシマシター」と言って小ジョッキの「酎ハイ(プレーン)」を二つ持って僕のテーブルに来た。「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と僕が言うと、彼は「シツレイシマシタ」と言って小ジョッキを取り下げた。「別のテーブルの注文を誤って届けてしまったのかな」と思いながら引き続き飲んでいると、また先ほどの彼が今度は中ジョッキを二つ持って来た。「タイヘンシツレイイタシマシター」と言いながらプレーン酎ハイ二つを僕の前に差し出してくる。さっき、「違いますよ、これ」という僕の台詞を聞いて「サイズを間違えた」と思ったのだろうか。僕の本来のジョッキ二杯はとっくに届いている。一瞬「いや、だから頼んでないって」と言いかけたが「この酎ハイも処分するのだとしたら合計四杯も彼は廃棄することになる」と思い直して、黙って受け取ることにした。結果として僕のテーブルには四杯の中ジョッキが並ぶことになり、見た目で言うと完全なアル中状態である。期せずして、一度の発券で四杯の酎ハイを飲むことになった。

ふと「金の斧、銀の斧」というイソップ寓話を思い出した。「あなたが落としたのはこの金の斧ですか、それともこの銀の斧ですか?」と湖から突如現れた女神に尋ねられて「いえいえ、私が湖に落としたのはもっともっとショーも無くてザコい鉄の斧でゲス、へい」と正直に答えた木こりが「正直者のあなたには金と銀、両方の斧をどちらも差し上げましょう」と女神に褒められて、大いに儲かった。みたいな話だったと思う。ということは、もしかすると二回目の中ジョッキも「違います」と断っていれば、注文カウンターの奥から女神が出てきて「よろしい、正直者のあなたには酎ハイ(プレーン)小を二杯と酎ハイ(プレーン)中を二杯、合計四杯の酎ハイ(プレーン)をどちらも差し上げましょう」と展開し、合計六杯の酎ハイと女神に囲まれながら酒池肉林、よく見たら女神の頭には鉄の斧が刺さっていたりして。うわぁ、もう眉間のあたりまで食い込んでるよぉ、斧、血まみれ。女神笑ってる、こーわー-。と思ったところで目が覚めた。あー、やな夢見たな。やな夢見たことだし、気を取り直して「酎ハイ(プレーン)」でも飲もうか、と券売機に向かい「酎ハイ(プレーン)」ボタンを押したら「オマタセシマシター」って右手に金の斧、左手に銀の斧を持った外国人スタッフが僕の席までやってきて「あれ、違いますよ、これ。頼んでない」と断ったところ「正直者のあなたには、このマグロ切り落としと揚げ出し豆腐を差し上げましょう」って、いやこれどっちもこの店の下位メニューじゃん、マズいんだよなぁ。と思いながらテーブルに並んだ二品をじっと見つめているところでまた目が覚めた。沈み込むばかりでちっとも浮かび上がらない、インセプション、なんだよこれ何層目?いったい今、酎ハイ(プレーン) を何杯飲んだんだっけ、いや、まだ一杯も飲んでないのか。一度の発券で複数の飲み物を頼むと、なんだかよく分かんなくなっちゃうので、今度から酎ハイをおかわりするときには一杯ごとにレモンスライスを足してもらって、今何杯飲んだのかを数えることにしよう。

というパラレル。









鶴田 啓

ねじ26


つい昨日のこと。LINEで知人宛にメッセージを書いていて「きゃ」と入力した瞬間に予測変換(サジェストワード)候補で「キャサリン・ハムネット」という単語(というか呼称)が出てきた。今までに「キャサリン・ハムネット」の名前をLINEで変換したことなんてあったかな…。仮にあったとしても「・(なかぐろ)」なんかわざわざ使わないはずだ。もちろん、キャサリン・ハムネット女史は世界的なデザイナーだし、知名度が高いことも分かっているけれど。Lineの「きゃ」で出ます?普通。と、なんとなく予測変換のアルゴリズムが気になってしまい、メッセージ作成はそっちのけ、僕は色んなデザイナーの名前の前半部分を入力しながら予測変換候補の現れかたを見るというつまらない実験を仕事帰りの電車内で始めてしまった。

同じ英国人女性デザイナーとして真っ先に思いついたので、試しに「まーか」と入れてみたらすぐに「マーガレット・ハウエル」が出てきた。なるほど。ヴィヴィアン・ウエストウッドは「ヴィ」の時点では出てこず、「ヴィヴ」と入れたら出てきた。他、女性デザイナー部門ってことで「そに」と入力してみたら、アルファベットで「SONIA RYKIEL」が出てきた。「ヴィヴ」は対抗馬がほとんど存在しないとして、「きゃ」なんて幾らでも候補がありそうなものなのに「キャサリン・ハムネット」は「キャッツアイ」よりも上か。「SONIA RYKIEL」に至っては「SONY」より上だった。なぜだろう。

ちなみに「まるた」と入れてみたが「マルタン・マルジェラ」の名前は出てこず、代わりに「マルタイラーメン」「丸出し」「マルタ島」「丸大食品」「丸太町かわみち屋」など、僕が検索・入力をしたこともないような単語が続々と現れた。「かわみち屋」は京都にある和菓子屋だった。アントワープの恨みをなんとか晴らそうと「どり」を入れてみたが、案の定「ドリカム」や「努力家」「度量」「ドリフト」に押されて、期待の「ス・ヴァン・ノッテン」は姿を見せない。さらに「あんど」の場合、「&」「アンドロイド」などに加えて「安藤サクラ」「安藤美姫」「安藤優子」「安藤忠雄」といった安藤勢に押されまくり、果ては「アンドレス・イニエスタ・ルハン」という「通常はイニエスタな人」にまで負けて「アン・ドゥムルメステール」は沈黙したままだった。

こうしてみると、必ずしも僕の携帯自体(android)が一方的にファッションに毒されているわけではなさそうだが、だとしてもアルゴリズムの謎は深まるばかり。一時期、Google検索で「東京 天気」「東京 コロナ」を押しのけて「東京リベンジャーズ」が筆頭候補に挙がる時期があって、僕は「いや、知りたいのは天気だから」とイラついていたことを思い出した。裏で大きなお金や人海戦術が動いているのか。SEO戦略は今や当たり前なので、それが良いとか悪いなんてことは今さら思わない。その一方では「不自然すぎて逆に悪目立ちしてしまうパターンもあるんじゃないのかなぁ」と思ったりする。

MANHOLEはSEO戦略に対して意識的に取り組んできたわけでもないし、そもそも僕らは「不特定多数の人に割り込みで無理やり認知してもらうブランド」よりも「少数でも特定の人にふと顔を思い出してもらえるような店」でありたいと常々思っている。人は人、自分は自分ってことでいいのだ。世界中に広がる大海原になるためには勿論強い力が必要だろう。しかし「みんながたまに水汲みに来る井戸」みたいな存在も悪くない気がしている。

そうそう、Google検索で「CLASS 堀切」と堀切さんの名前を探すと、前職時代の僕が3年前に書いた「MANHOLEの河上くんとCLASSの堀切さん」というコラムがTOPに出てくる。戦略的に動かなくても、調べる人って意外といるんだな。山手線に揺られながら、何事も自然にやれるのが一番いいなと思った。






鶴田 啓

ねじ25

 

 僕はエビ、カニなど甲殻類の食べ物が嫌いだ。厳密に言うと、味は好きなんだけど殻を剥くのがメンドクサイ。 寄せ鍋のエビや蟹汁のカニなど、汁に浸っている甲殻類があれば隣の人に「食べていいよ」と言って譲ってしまう。 逆に、 誰かが代わりに殻を剥いてくれたカニの身が目の前のボウルに山と盛られていたらエンドレスで食べ続けるだろう。同じ理由でカニちらしやエビフライは食べる。何かとてつもない贅沢を言っているような気になってきたが、ともかくこれはすべて「食べたい < メンドクサイ」という感情から派生するものだと思っていた。しかし。

 この前、居酒屋で焼き魚(ホッケだったか、サバだったか)を食べていて、ふと思った。「焼き魚の身を骨からはずして食べることはメンドクサイと思っていないな、俺」と。むしろ「頭部や背骨についているわずかな身を執拗に探しながら綺麗に食べる」というチビチビした工程そのものを楽しんでいるようなフシさえある。あれ、なんでだろ?「食べたい > メンドクサイ」に逆転してるじゃん。疑問が湧き出す泉の所在を追求すべく、頭の中で甲殻類を食べるときの自分の動きと焼き魚を食べるときの自分の動きを映像化し、一連の流れを脳内でコマ送りと逆再生にかけながら検証してみた。右手に持ったチューハイのジョッキを傾けながら。

 まず、焼き魚を食べるとき。背中側とお腹側では油の乗り具合が違うので、魚の種類によっては食べる順番をなんとなく考えながら(サンマの場合はハラワタを食べるタイミングなど)バランスを取り、骨から身をはずしていく。合間合間で頭部の周りにある眼肉やほほ肉などをほじったりもする。口に運ぶ。傍らに置いてあるチューハイを一口飲む。うまい。ボウルに盛られたカニの身を食べるとき。箸でおもむろに剥き身の塊をダイナミックにつまみ、口に運ぶ。傍らに置いてある白ワイン(場合によっては日本酒)を一口飲む。うまい。いまのところ、何ら問題ないようだ。甲殻類を剥きながら食べるとき。エビやカニの殻をはずしていく。カニ用のスプーンなどで身をほじくり出しながら口に運ぶ。うまい。傍らに置いてある…ハイ、ここで一時停止。

 そこだ。

 手に掴んだエビの尻尾、またはカニの殻。汁っぽい。びしょびしょだ。おしぼりで手を拭いてからじゃないと、グラスを持てない。僕がメンドクサイと感じている瞬間はそこにあった。おそらく、僕はつまみが喉を通ったその後、味の余韻があるうちに間髪を入れず酒を飲みたいのだ。そういった一連の流れの妨げになるステップとして「逐一、おしぼりで手を拭く」という行為を邪魔に感じている。つまり僕は甲殻類を剥いて食べるのが嫌いなわけではなく、手がびしょびしょになるのが嫌いなだけだった。世界の山ちゃんで、手羽先を積極的に食べない理由も同じだろう。

 しかし多少乱暴な言い方をすれば、基本的に人類は皆めんどくさがり屋である。だからこそ、様々なことを効率化・スピードアップするため、あらゆる技術に革新を求めてきた。おかげで、今や大抵のことは携帯電話ひとつ、つまり掌の上で済ませられるようになった。ならば、僕の「メンドクサイ」の中にこそ活路がある。チャンス到来、一念発起。こうして僕はこの後、5年の歳月と1200万の資金をかけて「甘辛だれの手羽先に手を触れないで骨から肉をはずすことが出来る剣山状の食器」や「カニの殻をメキメキと潰しながら身だけを押し出して口に運ぶことが出来るハサミ」などの便利アイテムの開発に身を捧げるも、ちっとも需要がなくて没落、居酒屋のカウンターでカニカマを箸でつまみながら安チューハイのジョッキを傾けて「へへへ」と薄ら笑みを浮かべる斜陽の人生を送ることになるだろうとは、まだ知る由もなかった。

殻ぐらい、自分で剥け。





鶴田 啓

ねじ24



 このコラムを定期連載するようになったからネタ探しをしている訳ではないのだけれど、僕は居酒屋でひとり飲みする時はついつい人間観察に耽ってしまうクセがある。観察とは言え、他の客をあからさまにジロジロと見つめるのは失礼なので、視線は目の前にある自分のジョッキグラスやメニュー表を貼り付けてあるカウンターの壁を見つめたままで聴覚は近隣の客に向けてなんとなく開いている状態。イヤホンを付けて動画を観たり音楽を聴いたりはせずに、ガヤガヤとした居酒屋の空気を浴びるようにキャッチしている。

 先日、いつものように行きつけの居酒屋へ吸い込まれた夜の話。僕が通された席の二つ隣に座っていた酔客は大きな声でカウンター内にいる焼き場の大将・藤田さんと話していた。彼の方を横目でちらりと一瞥すると、その客は体にぴったりフィットしたポリエステル素材の黒いTシャツ、adidasの黒いトラックパンツ(スリム)、右腕にはROLEXの金時計という出で立ち。Tシャツの袖口からはかなりビルドアップされた太い腕が二本にょきりと生えている。日サロに通っているのか全身は小麦色、頭は3㎜以下のスキンヘッド。眼光は細く鋭く、声は野太い。40歳前後?いわゆる輩(やから)ルックの要素、ほとんどすべてを兼ね備えていた。

 しかれども、この輩。店の常連客であるらしく(僕は初見)、藤田さんと話す口ぶりはごくごく親しげ。僕は彼との間に空席をひとつ挟んだ状態、50㎝の距離からなんとなく彼の挙動を間接視野でぼんやりと眺めながらチューハイのジョッキをあおっていた。ふと輩がホールスタッフの方に手を挙げて「チューハイ、おかわり」の合図。アジア系外国人スタッフが駆け寄り、空になったジョッキを受け取る。受け取ったスタッフに向けて「あ、ジョッキはそのままでいいからレモン(スライス)一枚足しておいて」と付け加えていた。ここのチューハイにはジョッキの中にレモンスライスが一枚放り込んであるのだが、「グラスそのままでレモン足しておいて」とは、もう少し酸味や香りが欲しいということか?などど考えている僕の横で、輩は藤田さんに向かって話し出した。「いやー、今の子、新入りでしょ?言っとかないと(俺のやり方が)分からないかなー、と思って」その後も彼は自分の流儀というか作法というか、いつものやり方について話し続けた。横で聞いていた僕が得た情報をまとめると、以下のような感じとなる。「チューハイにはレモンスライスが一枚入っている。二杯目をおかわりするときはジョッキはそのままで、中身と一緒にレモンスライスを一枚足してもらう。おかわりするたびに、レモンスライスを足す。そうすることで今、自分が何杯目のチューハイを飲んでいるのかを把握している。新入りのホールスタッフに頼むときは、その作法を自ら伝えるようにしている。ここのチューハイは濃いから(たしかに濃いのだ)四杯以上飲むと確実にベロベロになるので、そのようにして自己管理している」

 以上のような内容を得意げに話し終えると、続けて輩はこう言った。「いやー、この前なんかさー、新入りの子(マレーシア人)が気を利かせて、おかわりにレモンスライスを二枚入れてくれたことがあってさー、俺、途中から自分が何杯目を飲んでるんだか分かんなくなっちゃってさー」僕は横でその会話を聞きながら「たしかに、レモンスライス足してと言われたら余計にサービスしたくなるのかも」と思った。そして、同時にこうも思った。「つーか、この店はカウンター席の目の前に自分卓の伝票が置いてあるんだから、杯数を数えたいなら伝票に書いてあるチューハイ×正の字を数えなよ」

 この疑問を受けて、僕は二つの仮説を立ててみた。①この輩は伝票の存在には気付いているのだけれど、スタッフとコミュニケーションを取りたい寂しん坊であるが故に独自ルールの伝達を口実にして絡んでいる。②彼は大した常連ではない。事実、この店のカウンターに1000回以上座っている僕が彼を見たのはこの夜が初めてだった。常連なら普通、目の前の伝票に気付くでしょ。というか、チューハイの濃さに慣れろよ。

 いずれにしても、僕はなんだかこの輩が可愛らしい存在に思えてきて、なんとなく左側にいる彼の方を見た。彼も僕の方を見ていた。お互いがなんとなく話しかけようかな、と思ったであろうその瞬間、0.005秒。ふたりの間にあった空席の丸椅子に「ご新規、一名様~!」のコールと共に、新たな男性客が腰かけて二人の視線は突如絶たれた。あの時、確かに輩はこちらに話しかけようとしていたし、口は「よく来るんですか?この店」というセリフの初めの母音「お」の形をしていた。これは、①確定だな。彼。

 その後、二人は間に新規客を挟んだままで無言の時間を過ごし、しばらくすると輩は伝票を手に持って会計を済ませると、肩を丸めて店を出ていった。彼のジョッキの中にはレモンスライスが五枚散らばっていた。君の名前で僕を呼んで。






鶴田 啓

ねじ23



ある日、ぼんやりとテレビを見ていたら「勝俣州和はチャーハンの食べ方が独特だ」という話題で出演者たちが盛り上がっていた。まずニンジンだけを選り分けて食べ、次に玉ねぎだけを取り出して食べ、次にチャーシュー、次に卵、最後に米、という具合。つまり、一緒に炒め合わせられた具材を別々に分解して食べるクセがあるらしい。これはチャーハンに限ったことではなく、例えばサンドイッチの場合も同様で、パンと具材それぞれを個別に食べていくらしい。共演者からは「じゃあ、最初っから別々に炒めたものを小皿に分けた状態で運んできてもらえばいい」という声が当然のように上がっていたが、勝俣は「それじゃ意味ないんですよ。一緒に炒められた味じゃなくなってしまうから。一緒に炒め合わせられた状態からそれぞれを分けて食べるのが良いんです」と反論していた。酢豚程度の具材の大きさ/数ならばまだしも、いちいち米粒をバラしながらチャーハンを食べ進めていたら日が暮れてしまうし、そもそも美味しくないだろう。料理人だってきっと嫌な気持ちになる。「食べ方は客の自由」と言ってしまえばそれまでだが…。

客がどの順番で食べるかを提供する側がコントロールできる料理と言えば「コース料理」ということになる。寿司屋に行き「おまかせ」で握ってもらう場合なども含めて、食べてもらう順番を想定したうえで組み立てられたメニュー。

しかし、「コース料理」よりももっと身近なところに客が食べる順番を作り手が決定できる料理がある。焼き鳥をはじめとする「串もの」である。串刺しにされた素材を上から順番に食べていけば、必然的に作り手が決めた順番通りに食べることになる。まさか焼き鳥を根元から順に食べる人はいないだろう。

串刺しの順番に意思を感じる焼き鳥と言えば「ねぎま」だ。一般的には「もも肉・ねぎ・もも肉・ねぎ・もも肉」の順番で刺してある場合が多いように思う。ねぎともも肉を同時に口に入れるかどうかは客次第だが、いずれにしても「もも肉で始まり、もも肉で終わる」ことになる。そう思っていたのだが、ある時ふらりと入った居酒屋で「ねぎ・もも肉・もも肉・もも肉・ねぎ」という順番のねぎまに出会った。「ねぎで始まり、ねぎで終わる」パターンだ。そこで初めて、僕はねぎまの順番について考えることになった。それまで僕はなんとなく「ねぎま」は「ねぎ間」であり、もも肉の間にねぎが挟まれていることに由来していると思い込んでいた。しかし、実際には「ねぎま」の「ま」は「まぐろ」の「ま」であり、つまり本来は「ねぎま鍋」。まぐろとねぎを醤油味の出汁で煮ただけの庶民的な鍋料理がいつからか「まぐろとねぎの串刺し」に変わり、さらにまぐろよりも比較的安価な「もも肉とねぎの串刺し」に変化していったらしい。いつだったか、近所の居酒屋で「もも肉・もも肉・もも肉・もも肉・ねぎ」という順番で串打ちされた焼き鳥に出会い、その名前が「とりねぎ」だったことからも「間に挟んでないから、この店ではねぎまと名乗らないのだ」と、その確信を勝手に深めていたのだが…。もも肉で始まりねぎで終わる、その店独特の「とりねぎ」は一体なんだったのだろうか。

という、どうでもいい話。ねじのコラムはMANHOLEブログという「もも肉」に挟まれた「ねぎ」みたいな調子で書けたらいいな、なんてことをいつもぼんやりと思っている。もはや「ねじ」ではなく「ねぎ」の可能性まで出てきた。

ちなみに、僕は宴会の時に焼き鳥盛り合わせを(みんなが取り分けて食べやすいように気を利かせたつもりで)串から外して全部ばらばらにしてしまう人が嫌いだ。順番もへったくれも消え去る無情の世界。








鶴田 啓

ねじ22

 

 おつまみに赤いウインナー。

 昭和生まれの人ならわかると思うが、今からウン十年前、僕の子供時代に粗挽きウインナーがスーパーに並び始め、初めて食べた時は皮がパリッとハジけて中から肉汁がジュワっと溢れ出してくる感じが確かに衝撃的な味と食感、それはまるで革命のようで「ミスター味っ子」の味皇様ならば口から光線や小宇宙を吐き出しながら「うー・まー・いー・ぞぉぉぉぉっ!」と絶叫&絶賛すること間違いなし、小学生の僕も負けじと「なんじゃこりゃ?ウメーウメー!ブラボー!ハラショー!トレビアン! 好吃 !」とハナ垂らしながら粗挽きウインナーを貪り食ったんだけど、それまで日本のウインナーは赤くてなんぼ、ボソボソの歯ざわりが当たり前で、1985年に発売された皮パリ&ジューシーの元祖的存在である日本ハムの「シャウエッセン」や伊藤ハム「アルトバイエルン」は今食べても十分すぎるくらいウマいけれど、平成生まれの人たちから見れば昭和を揺るがした「皮パリ&ジューシー&粗挽き」なんて全くのデフォルト状態、更に本場ドイツからの輸入物も当たり前、そんな化石みたいな食べ物は令和の時代にわざわざ食わねーよ!って罵声が飛んできそうな気もするけれど、「深夜食堂」では松重豊扮するヤクザの竜も食べていたし、改めて赤いウインナー、色も着いてるし皮はクネクネだし、ちょっと粉っぽいし、抜群に体に悪そうなルックスを見せびらしながら、でもなんかウマい、味がいい、癖になるね、というかそもそも、うどんのコシやスイーツのシットリ感やパンのフワフワなど「いつの間にか当たり前のような顔をして世の中にチヤホヤされている画一的な価値観や物差しを簡単に盲信したくはないなー」とか思うわけで、個人的には洋服で言うところの「シルエットが綺麗」「襟のロールが美しい」なんてスーパー抽象的な文句はどーでもよくて、一方的な美意識の刷り込みはもはや通用しないダイバーシティなんでしょ?とか呟いて、だからこそモノゴトの根本にあるオリジナリティにきちんと目を向ければ、例えば501なんて作業用のガニマタシルエットだからこそ愛嬌があってイーわけで、総合的に見て「やっぱこれだな」って感じがキャラクターとして立っていれば味も服も人も多少ブサイクで構わないのだと思ったりするし、結果としてシルエットが汚い(?)服を着た時にこそ、どのようにバランスを取るかでその人の人間的なサイクが分かるんじゃないか、結局は不味いツマミでどう酒を飲むかだろ、いやちょっと違うか、ともかく改めて赤いウインナー、色も着いてるし皮はクネクネだし、ちょっと粉っぽいし、抜群に体に悪そうなルックスを見せびらしながら、よく見るとパッケージには控えめに「さめてもおいしい」とか書いてあって、つまりハナから局地戦に持ち込むつもりね、わざと冷ましてから食べますか?そーしますか?むしろその方がいーの?って一体何の話だよ、ダラダラと書きやがって、でもなんかウマい、味がいい、癖になるね、あと、単純に見た目がカワイクナイ?とかね。

 おつまみに赤いウインナー。ケチャップも忘れずに。

ねじ21



 もう、かれこれ6~7年くらいの間、僕が通い続けている1軒の居酒屋。いつも1階のカウンター席にひとりで座るんだけど、通い始めて3年が経つ頃から焼き場を取り仕切る「藤田さん」という60代の大将に少しづつ話しかけられるようになってきた。基本的には静かに飲んでいる僕も藤田さんに話しかけられると普通に受け答えをするが、15席が1列に並んだカウンターではどのお客も1人飲みを静かに楽しんでいるので、会話の尺は周りの空間を邪魔しないさっぱりとした最低限のものになる。いつからか、その藤田さんが僕にメニューをおすすめをしてくれるようになった。

 この店は「やきとん屋」なので、初めのころは僕も普通に「はつ」や「かしら」「ねぎま」「つくね」などを頼んでいた。藤田さんは焼き場担当。メインメニューの「やきとん」をはじめ、「焼き魚」や「焼きおにぎり」を焼く係だ。何年も通い続けるうちに僕はいつの間にか、藤田さんを活躍させたいと思うようになっており、「冷奴」と「アジ南蛮」だけでチューハイが飲めそうな日も必ず焼き物を一品は頼むことにしていた。ある日「今日は肉よりも魚が食べたいな」と思ったので、串ものの代わりに焼き魚を頼んでみたところ、藤田さんがちょっと嬉しそうな顔をしたように見えたので、 それからというもの、なんとなく僕は焼き魚をオーダーする頻度を増やすことにした。「サバ焼きください」「塩さんま焼きください」「赤魚粕漬けください」「アジ開きください」それを繰り返し続けた結果、今では入店して着席すると同時に「今日は何焼く?」と藤田さんからカウンター越しに聞かれるようになってしまっている。最近は「今日は何焼く?」と聞かれて「さんまにします」と返すと「え~~?ほっけでしょ~」と言われるので「じゃあ、ほっけでおねがいします」というくだりまで付いてくるようになった。「主体性がないなぁ」と笑われるので「僕は藤田さんのおすすめが食べたいです」と言うと、嬉しそうに魚を焼いてくれる。その日に来るかどうか分からない僕のことを考えながら「今日、あいつが来たらは何を焼いてあげたいか」なんてことまで考えるらしい。こうなると、僕の方も益々、何でもよくなってくる。

 藤田さんは北海道出身で、写真家になることを夢見て上京したらしい。専門学校に通いながら写真を撮り続けていたがフィルム代が高くて食っていけず、知り合いに頼まれて飲食店を手伝っているうちに、気づいたら40年近くもの間、やきとんを焼き続けているらしい。僕は今もこの店に足繫く通っているが、はっきり言って食べたいものなんて何もない。ただ、藤田さんが焼き魚をおすすめしてくれることが好きで、今日も吸い込まれるように赤いのれんをくぐっている。





鶴田 啓
 

 

ねじ20



 時代は繰り返す。

 いまさらそんなことを言われなくても、みんながそう思っている。みんながそう思っている中で、比較的そう思っていないのは10代~20代前半の「若い世代」だ。それは当たり前か。二、三周目ではなく、今が一周目の真っ只中なのだから。すべてが新しく、目に映る。結局のところ「これは新しい!カッコいい!」と素直に興奮できる感覚こそが圧倒的に強く、純度が高い。

 僕は今、40代の半ばに差し掛かり、もしも流行が本当に20年単位で繰り返す(個人的にそうは思っていないが)のだとしたら、今は三周目に突入したあたりにいることになる。

 この数年で聞くようになった「Y2K」というワード。「Year 2000」を意味するこの言葉の実態は、2000年代前半ムードのリバイバルを指すらしい。主役はZ世代、すなわち1990年代中盤から2010年代初頭に生まれ、物心つく前からインターネットが身の周りに存在したデジタルネイティブの世代。彼らにとっては1990年代さえもが、リアルタイムでは知らない遠い過去。超ミニ丈のスカートや、ローライズで穿くボトムス、ヘソが出るくらい短い着丈のコンパクトなトップスは20年前の既出ワードだが、Z世代にとってそれらは「完全無欠の新しいもの」に見えるだろう。一方で、当時をリアルタイムで知る世代からすると「2000年代前半ファッションとY2Kは微妙に事実と食い違う」と感じるので、多少は懐かしさを覚えながらも、ある意味では僕にとっても実際に新しいのだ。現代的な解釈として。いくらリバイバルとは言え、時代が20年分は違うのだから完璧にトレースできないのは当たり前のこと。例えばMIU MIUの2022年春夏コレクションを見ると、「Y2K」のニュアンスを存分に感じられるのだが、当時をリアルタイムで知る僕から見ても新鮮な気持ちに心が躍る。

 繰り返される中で、生じる微妙なズレ。例えば「Y2K」ファッションの代表アイテムのひとつである「極端に着丈が短いトップス」は「ヘソの上」というよりも、もはや「バストのすぐ下」というくらい短い。超短丈のリブニットやタンクトップにバギーデニムや軍パンなどボリュームのあるボトムスを合わせる感覚、これは90年代リアルタイムの僕にとって「CREEP」のMVで踊るTLCに思える。このバランスはTLCをコピーした沖縄アクターズスクール周辺のアイドルたちによって日本のお茶の間にまで持ち込まれた。しかし、それは1995年頃の話で2000年にはまだまだ遠い。逆に、90’sリバイバルが叫ばれた10年前に僕が目の当たりにしたファッションの中には、むしろ1980年代のバランスに近いものが数多く見られたし、そもそも10年単位で時代を区切ること自体に無理があるのだと僕は思う、思ってきた。ひと口に「60’s」と言っても、1960年と1969年では時代のムードは全く違っていたはずだ。1970年代ファッションを基調とした「レトロ」というワードの中には60’s調のものが多く含まれているし、後世の人間が一括りにする過去のディケイドはいかにも曖昧なものである。だからこそ、まだ救われているような気もする。すべてが秤にかけられたように正確であれば、そこに創造性が働く余地はなく、さぞかし息苦しいことだろう。

 それでも、懲りずに人類は10年単位で新たなる世代に名前をつける。結果的に、意図しない形でオリジナルの定型からズレ続けていくのだ。それは、名前を付ける側の人間が「いま目の前で起こっているムーブメント」の外側に立っているからであり、そもそも渦中にいる本人達は自分の名前を「〇〇系」なんて他人と一括りに呼んで欲しいわけがないだろう。他人に与えられた「PUNK」という名前をジョニー・ロットンが最も正しく使った瞬間は、ピストルズの解散と共にジャマイカへ飛んだ彼が吐き捨てた「PUNK is dead」という捨て台詞の中にこそ存在する。つまり「Y2K」と言われて「Y2K」らしく振舞おうとする人間は、そもそも世代に関係なく「Y2K」の外側にいる人間であるという逆説。

 ところでZ世代とはY世代(=ミレニアル世代)に続くことから、その名が付いているらしい。その前にはジェネレーションX(つまり僕らの世代、1970~80年代生まれ)も存在した。XYZで終了するかと思いきや、更にその次は2020年代生まれに対してα(アルファ)世代という呼称まで先回りして用意されているという。どれだけ他人の世代に名前を付けるのが好きなんだよ、という感じもするが…どっちみち時代は繰り返すし、その都度、人のことを総括する暇があったら自分のことをやったほうがいい。少なくとも、自分の名前くらいは目の前にいる人と呼び合いたいものだ。




鶴田 啓

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